6月 082011
 

水色のワンピース

投稿者:クジラ2号  投稿日:2007年 4月29日(日)21時26分39秒

☆KOSUKEさん
御無沙汰しておりました。
当時(1980年代)は洋楽メインで聞いてましたので、泰葉さんのレコードは購入しませんでした。
しっかりと聞いたのは、初期のCD盤「ベスト」からでした。
「フライディ・チャイナタウン」「ブルーナイト・ブルー」「水色のワンピース」は聞いた覚えがありました。ここ数年ほどでシングル3枚、LP2枚、12インチ2枚、CD2枚集まりました。
3枚目の「水色のワンピース」は「フライディ・チャイナタウン」「ブルーナイト・ブルー」のようにスピード感のある曲ではなく、しっとりした綺麗な曲です。CDには収録されていない12インチヴァージョン(泰葉自身で編曲)が良いです。

しばらくはCDもすべて廃盤状態でしたが、2006年3月にCD ゴールデン☆ベストが発売になり手軽にシングルA,B面は聞くことが出来るようになりました。


投稿者:KOSUKE 投稿日:2007年 4月28日(土)23時48分10秒

お2人ともまた御無沙汰しております。

クジラ2号様

これは驚きました。泰葉さん、そんなに長期間リリースしてたんですか!「フライディ・チャイナタウン」以外はまず一般に認知されていないだろうし、(金銭的な意味とは別の)苦悩があったことでしょうね。

たつし様

そうですね、女優・歌・司会と3つのジャンル全て素晴らしい才能を発揮したと思います。今だって欲があれば司会の席は空いてると思うのですが・・・何し ろあれだけ頭の回転のいい女性タレントは、過去にそう見当たりません。さっき偶然ベストを聴いておりましたが、「しあわせの涙」「青い空と白い雲」もいい ですね。尤もこの頃私は幼稚園、「おくさまは18才」と雪印ヨグールのCMぐらいしか記憶になく、この2曲はリアルタイムでは覚えてませんでした。


岡崎友紀さん

投稿者:たつし  投稿日:2007年 4月28日(土)23時04分15秒

>KOSUKEさん

彼女の歌ではデビュー曲の「しあわせの涙」「青い空と白い雲」
「なんたって18歳」が好きです。
芝居も歌もトークも素晴らしいのですからもっと
評価されて良いと思います。


泰葉さんレコード

投稿者:クジラ2号  投稿日:2007年 4月28日(土)22時07分47秒

☆泰葉さん発売レコード

〇シングル
フライディ・チャイナタウン   7DX1120 1981年9月発売
ブルーナイト・ブルー      7DX1161 1982年3月
水色のワンピース        7DX1179 1982年8月
ポール・ポーリー・ポーラ    7DX1224 1983年3月
COOL TOWN       7DX1264 1983年10月
夏の恋・ジェラシー       7DX1315 1984年6月
下町スイング          7DX1333 1984年9月 (筒美京平 作曲)
Sincerely Yours 7DB0001 1986年9月

( 下町スイング以外は海老名泰葉 作曲)

〇アルバム
トランジット    28MX1069
ヴィヴィット    28MX1092
リザーブド     28MX1128
White Key 28
Yahhoo!!  28MB0001

〇12インチ
わっ不思議
わっ不思議-Part2

以上、抜けていたら補足願います。
「水色のワンピース」は3ヴァージョン(シングル、12インチ、みんなのうた)存在します。


レス大変遅くなりました(泰葉)

投稿者:KOSUKE 投稿日:2007年 4月28日(土)11時35分5秒

こうそくひれん1号様

ちょっとしばらくここを覗いてなかったので、レスが大変遅くなりまして申し訳ございませんでした。泰葉さんの第二弾は「ブルーナイトブルー」、基本的に 「フライデー・チャイナタウン」の路線を踏襲した曲でしたが、残念ながらチャートインに至らず。私もそれ以降は記憶にないのですが、(最近以前こちらの常 連だった方から教えてもらった)第三弾は「水色のワンピース」という曲だったそうです。なんか「みんなのうた」みたいな題で(笑い)ちょっと想像がつかな いのですが。


岡崎友紀さんについて

投稿者:KOSUKE 投稿日:2007年 4月28日(土)11時27分32秒

とろりん村のとろり様

とろりさん御無沙汰しております。復活されたのですね。これは嬉しいことです。

確かに私もとろりさんと全く同じ考えです。彼女は「3人娘」の出現前は「小学一年生」の巻頭を吉沢京子さんと飾るほどのアイドルでしたし、70年代の芸 能界を充分盛り上げたのは間違いありません。しかし「あの程度の活躍・・・というよりセールスで終わらせていいのか」という思いは私にもあります。曲の出 来栄えが残念ながらセールスに反映しませんでした。「おくさまは18歳」「なんたって18才!」がチャートインしていないという事実も不思議ですし、京平 先生の名曲群「黄色い船」「私は忘れない」「さよならなんて言わないで」でも10万枚を突破したのは「私は忘れない」だけ。私は10年ぐらい前にNHK- FMで偶然流れてきた「さよならなんて...」を耳にして猛烈に感動し、彼女のベストを購入しました。この曲は名曲の多い京平先生の中でもかなり上位に属 するレベルです。その後もユーミン作の「グッドラック・アンド・グッドバイ」でイメチェンを試みたものの、成功には至らなかったし・・・まあソニーの御曹 司との結婚で第一線を引いてしまったのが惜しまれますが、歌手として再評価されていい1人であることは間違いありません。


そうですね

投稿者:たつし  投稿日:2007年 4月26日(木)09時50分10秒

>とろりん村のとろりさん

黒沢進氏亡き後には、「コミックソングレコード大全」を
著した鈴木啓之さん、吉田明裕さんあたりにますます
健筆を振るってほしいですね。


♪♪

投稿者:とろりん村のとろり 投稿日:2007年 4月24日(火)23時24分8秒

☆たつしさま、クジラ2号さま

成毛滋、鈴木ヒロミツ、黒沢進...

グループサウンズとゆかりの深い人の訃報が相次いでいますね。
そういえば昨年の今頃、アイ高野の訃報に接したのを思い出します。

みなさん、早すぎる逝去だと思います。改めて、ご冥福をお祈りいたします。

☆こうそくひれん1号さま

岡崎友紀はじゅうぶん、芸能界、音楽界に足跡を残したと言っていいのでしょうが、「あの程度の活躍で終わらせて
いいのか」という気持ちがいつまでも消えない人です。

「高木飛鳥」(ご存知の通り、『おくさまは18歳』の役名)のペンネームで作詞もしていたくらいですから、彼女
がシンガーソングライターとして活動を始めていたならば、70年代末のニューミュージックブームの主役になって
いたかもしれません。

もう少し、彼女をしっかりとしたマネジメントをする人がいたら、また違った岡崎友紀を見ることができたのではな
いかという心残りは、やはりあります。


そうだそうですその通り

投稿者:こうそくひれん1号  投稿日:2007年 4月24日(火)21時07分30秒

>>よっかーさん

確かに紛れもなく「アイドル」ですねえ、友紀ちゃんは。まあ元々は「歌手」か「女優」かという判定だったんですけど(^_^;)、よくよく考えてみれば 「歌手」でも「女優」でもない(括れない)ような人ですね。彼女のカテゴリーは間違いなく「アイドル」、それも「アイドルの中のアイドル(これぞ本物のア イドル)」です。少なくとも私的には。

>>とろりん村のとろりさん

'70年代前半にブレイクし、後半もかろうじて人気を保った友紀ちゃん。その後は人気急降下しちゃったけど、「才能の塊」であったが故に、逆にその才能を出し切る要領の良さがなかったのが悔やまれます(要領のいい?松坂慶子は大女優になったのにね)。


黒沢進氏

投稿者:たつし  投稿日:2007年 4月24日(火)20時42分3秒

お久しぶりです。

GSの研究についてはこの方の
右に出る方はいませんでした。
多くの著書でGSやカバーポップス
についての論述をなさっていましたが
結構イヤミな文章表現も多かったので
あまり好きではありませんでした。
しかし、マイナーなGSの発掘や
カルトな歌手の発掘においては
この人に匹敵するのは
鈴木啓之さんだけでしょう。
合掌(52歳は若すぎますね)


カルトGS

投稿者:クジラ2号  投稿日:2007年 4月24日(火)20時40分43秒

☆とろりん村のとろりさん
お久しぶりです。
黒沢氏というと「カルトGS」「B級GS」「ひとりGS」・・・
色々な言葉(分類?)を生み出されました。
CD化された「カルトGS」シリーズもほとんど購入しました。

「ひとりGS」では、メジャーな黛ジュンさん、中村晃子さん、泉アキさん・・・以外の
マイナーな小畑ミキさん、響かおるさん、鍵山朱里さん、梢ミワさんなどを教えてくださいました。

黒沢氏、享年52歳だそうです。ほんとうに残念です。


投稿者:とろりん村のとろり 投稿日:2007年 4月24日(火)07時19分48秒

☆こうそくひれん1号さま、よっかーさま

岡崎友紀ほど活動範囲が幅広く、かつ、あらゆる分野でことごとく成功した人はいないのではないかと思います。テ
レビ放送が始まる前に出現した美空ひばりに匹敵するような存在ではないでしょうか。

数年前、「私は忘れない」を聴いたのがきっかけで完全に岡崎友紀に嵌り、彼女についていろいろ調べましたが、調
べれば調べるほど彼女が何者か、全くわからなくなっていきました。それほど彼女の才能は広範な分野で発揮されて
いるのです。

結局、岡崎友紀は、才能の固まりという意味でタレントであり 、あまねく憧憬の対象であるという意味でアイドル
なのだろうというのがぼくの結論でした。

多くのアイドル研究家がアイドル歌手の元祖を南沙織にしているのは、岡崎友紀を含めるとアイドル歌手という概念
規定が破綻してしまうからでしょう。

☆クジラ2号さま

おひさしぶりですm(__)m。

書き込みを拝読して、驚いています。黒沢進氏はまだ50歳くらいなのでは?
ぼくのようなGSをリアルタイムで知らない者にとって、黒沢氏は貴重な語り部でした。
氏の著書を通じて知ったことも少なくありません。

心から、ご冥福をお祈り申し上げます。


(私的に)岡崎友紀って

投稿者:よっかー  投稿日:2007年 4月23日(月)22時52分12秒

>こうそくひれん1号さん
岡崎友紀の分類こそ、間違いなく「アイドル」ですよ\(^o^)/

お仕事は「お芝居」「歌」「司会」「バラエティー」「グラビア」「執筆」...etcをこなす「総合アイドル」が本来のアイドルでしたね。近年はそれぞれのジャンル限定アイドルになってしまったために活動も小さく、認知度も小さくなっちゃったんでしょうね。

岡崎友紀のアルバム「Do You Remember me」は歌手として、いいのをリリースしたと思ってますよ。私は(^^ゞ


訃報

投稿者:クジラ2号  投稿日:2007年 4月23日(月)22時18分0秒

お久しぶりです。
先日ギタリストの成毛茂さんの訃報が伝えられたばかりでしたが、
GS研究家・フォーク研究家の黒沢進氏が亡くなられました。
残念です。
http://yaplog.jp/saeki/archive/612

岡崎友紀って

投稿者:こうそくひれん1号  投稿日:2007年 4月23日(月)20時40分59秒

>>とろりん村のとろりさん

岡崎友紀の分類は文句なく「女優」でしょうね。まあ7本の主演ドラマ以外はゲスト出演レベルで、およそ女優らしい活動はしていませんが、でも歌手ではないですよね(レコードは出してるけど)。
最近でもタレントや女優が人気者になると、とりあえずCDを出させたりするけど、友紀ちゃんはその走りじゃないでしょうか。


投稿者:とろりん村のとろり 投稿日:2007年 4月23日(月)00時03分22秒

☆こうそくひれん1号さま

情報ありがとうございます。

「EX35+」という雑誌は、名前からみても35歳以上を対象にしている雑誌のようですね。
1977年当時、世の中はピンク・レディー一色になっていましたが、キャンディーズの絶頂期でもあったように思い
ます。

キャンディーズはあの頃、「8時だョ!全員集合」と「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」にレギュラー(あるいは準レギュ
ラー)出演していて、新曲も、どちらかの番組で初めて聴いた記憶があります。

「プロマイド売上ベストテン」はおそらく、マルベル堂の売り上げベストテンだと思いますが、ぼくも歌手・女優を
何を根拠にして分けているのかよくわかりません。

でも、松本ちえこ、香坂みゆきを女優に分類するというのは、かなり無理があるように思います^^。

この点、お話に出てきた岡崎友紀は微妙ですね。歌手としても女優としても圧倒的な人気を誇っていましたから。ち
なみに、マルベル堂は1970年度は女優として、1971年以降は歌手として「プロマイド売上ベストテン」を集計して
いるようです。

甲斐大泉駅の写真を送ってくださいまして、ありがとうございました。さっそく、ページを作らせていただきます。


珍雑誌発見

投稿者:こうそくひれん1号  投稿日:2007年 4月22日(日)07時38分54秒

今朝、コンビニで手に取った「EX35+」という雑誌は「1977年特集」。「'70年代特集」 はよくあるけど'77年限定は珍しいなと思いながら開くと、これがなかなかいい内容。冒頭の記事は「キャンディーズだョ 全員集合」。「解散の真相」、「C VS PL お宝グッズ鑑定対決」の他、「ミキちゃんは今?」という記事もありました。残念ながら本人の登場はなく、過去の雑誌記事再録や「近所の住民の話」程 度の内容でしたが、まあ元気に主婦、お母さんをやっているようです。太田裕美や小松政夫、阿久悠のインタビューを載せているのも、記事の力の入れ具合が分 かります。
「プロマイド売上ベストテン」も掲載されていました。当時は歌手部門、女優部門に分かれていたんですが、女優部門の8位に岡崎友紀がランク。まだ、かろう じて人気を保っている時代だったんですね。松本ちえこ、香坂みゆきも女優部門にランクされているんですが、歌手・女優の分け方の根拠って何なんですかね。 歌手部門だと圏外になっちゃうから、「女優部門の方に入れて」と事務所から依頼があったのかな。
'77年という事で、「第28回 紅白歌合戦」の全出場者の近況報告という好企画も載っています。なかなか徹底した雑誌です。

>>とろりん村のとろりさん

「そこがロケ地であるかどうかわからない」・・・・・「♪ダメでもともと もともとダメよ」(by チーコ)の精神で行動しております(^o^)/

当時の石毛礼子はマイナーとはいえ現役アイドルでしたからね。「また次の機会がある」なんて思っちゃったんでしょうね。未だに「思い出し悔恨」します(-_-;)


投稿者:とろりん村のとろり 投稿日:2007年 4月21日(土)16時20分53秒

こうそくひれん1号さんは行動的ですね。

「ドライブがてら行くか」と思っても、実際に行動に移すのは難しいことだと思います。しかも、そこがロケ地であ
るかどうかわからないのですから。

「教室」(森川美穂)のPVのキャプチャー写真をみていると、心癒されます。今も豊かな自然が残っている場所の
ようですね。

石毛礼子の件で、掲示板の過去ログを読み返してみました。「もらい損ねたサイン」というタイトルの書き込みですね。

何と申しましょうか、確かに甲斐大泉駅で「反対側ホームに立たなかった」というのも残念なことだと思いますが、
石毛礼子のサインをもらい損ねたことの方がダメージは大きいかもしれません。甲斐大泉駅は待ってくれますが、石
毛礼子は待ってくれませんし...。

とはいっても、彼女の歌を生で聴けたのでしょう?それは、うらやましい限りです。

こうそくれん1号さんや、よっかーさんからお送りいただいたキャプチャー画像をもとにして「キャプチャー画像
集」のページを作ってみましたが、まだ全くの未完成であることに最近、気づきました。完成させるべく、さらに手
を加えていこうと思っています。

甲斐大泉駅の写真は送っていただけたら、幸いです。よろしくお願いしますm(__)m。


ロケ地メグラー

投稿者:こうそくひれん1号  投稿日:2007年 4月20日(金)14時59分9秒

>>とろりん村のとろりさん

過大な感激をしていただいて、こちらこそ恐縮です(^^ゞ
私はロケ地の解明や探訪が好きで、昔はカメラ片手にあちこち飛び回っていました。最近は諸般の事情で「開店休業中」ですが止めた訳ではなく、つい先日も 「おくさまは18歳」の海沼先生(寺尾聰)のアパート(の撮影に使った建物)が高幡不動であると判り、「取材」してきました。「教室」の駅も昨年の11月 に「小海線らしい」と判ってから、是非とも一度、確認に行きたいと考えておりました。陽気も良くなったしドライブがてら行くか、となった次第です。
偶然にも「甲斐大泉駅では?」という読みが当たったのはラッキーでした。期待して現地に赴いたら全然違った、なんて事もよくあるんですよ(T_T)。それだけに見事ロケ地を発見した時は、競馬で800万円当てたような気分です(ちょい大袈裟)。
現地の写真を撮ったんですが、残念だったのは「美穂ちゃんが駅に降り、列車が右に走り去る」シーンと同じアングルが撮れなかった事です。駅舎の向かい側が 森林になっていて、撮影ポイントに立てなかったのです。でも後で気がついたんですが、入場券を買って反対側ホームに立てばよかったんですよね。石毛礼子の サイン('05年5月18日の過去ログ参照)の時もそうでしたが、私は時々こういうポカをしちゃうんですよね。はるばる八ヶ岳の麓まで行ったのに、何で入 場券代をケチっちゃったんだろう(ToT)。近いうちにもう一度同地を訪れ、今度こそバッチシ写真に収めたいと思います。

もう一度同地を訪れたいというのは、写真撮影の為だけではありません。前述しましたが、旧・大泉村はとても素敵なカントリーでした。非常にのどかで、別荘 も多く点在し、自分にとって理想郷のような場所でした。こんな所で暮らせたらストレスも激減するだろうな、と感じました。心が病んだ時は「旧・大泉村」を 訪れるといいですよ。

ところで撮影した甲斐大泉駅の写真、送ってもいいでしょうか?


投稿者:とろりん村のとろり 投稿日:2007年 4月20日(金)06時11分33秒

☆よっかーさま

>金曜日の夜は浮かれ気分になることをシャレて歌った曲だと解釈してました。翔んでる様子がうかがえるし(^^ゞ

これはぼくも、よっかーさんと同様の解釈をしていました。「EP盤リスト」(その4)に掲載している「フライ
ディ・チャイナタウン」のレビューの中で、ぼくはこう書いています。そのときは、確信が持てませんでしたが...。

「なお、『フライディ』は『FRIDAY』ではなくて、『FLY-DAY』である。『飛ぶように過ぎ去っていく一日』とい
うような意味なのだろうか。」

>お金持ちの方々は週休二日が始まって、香港旅行なんかが流行し始めた頃だったんでしょうかねぇ(笑)。

これは鋭いご指摘ですね。81年の時代背景に、ぴたりと合致します。日本で週休2日制が普及し始めたのは、80年
代に入ってからでした。80年代末に金融機関がいっせいに完全週休2日制に移行したのを機に、この休日制度が世
間に定着したのは90年代のことのようです。

荒木とよひさがそう考えていた可能性は、多分にあると思います。

1981年。ぼくはまだ高校1年生でした。当時デビューする女性アイドルたちが、ほぼ、同世代というのは今から思
えば幸いでした。同世代でなければわからない「思い」のようなものは、きっとあるとぼくは思います。

そのせいか、80年代後期デビュー組より前期デビュー組のアイドルの方に何かしらの愛着を感じます。でも、アイ
ドルの方にぼくが興味を持った女性アイドルは、この田村英里子が最後になってしまいました。現在の彼女が今なお
当時の面影を色濃く残しているのは、大変うれしいことです。

80年代が終わって20年もの歳月がたとうとしている今となれば、「80年代の終わりとともに、アイドルの時代も終
わった」と分析するのは容易でしょう。

しかし、そうした時代性とは無関係に、90年代に入ってから、現在進行形のアイドルに対するぼくの興味は、急速
に薄れてしまったのです。

壁紙を「真剣」(田村英里子)にしたのは、ほんとうに偶然です。しかし、「完全復活の意思表示」にしてしまうこ
ともできますね^^。そういう意味だったことにしてしまおうかな...^^。

☆MACKYさま

あたたかいお言葉をいただきまして、ありがとうございます。今後とも、何とぞよろしくお願いいたしますm(__)m。

☆MACKYさま、フューさま

西城秀樹は、かつてかなり無謀な仕事をこなしていたので、そのしわ寄せが来てしまったのではないかと心配でなり
ません。杞憂であれば、それに越したことはないのですが...。

おそらく、70年代半ば頃だったと思います。上空でホバリングしているヘリコプターから西城秀樹が縄ばしごでス
テージに降りてきて、そのまま歌い始めるという光景をテレビで見ました。見ている方が、はらはらするような演出
です。これはあまりにも危険すぎて、今なら、きっと許可されないでしょう。


きよしとこの夜

投稿者:フュー  投稿日:2007年 4月20日(金)00時03分28秒

MACKYさん

私も見ていました。この番組は元アイドルのかたもよく出演するし、懐かしいVTRもながれるし、歌のコーナーもあるのでよく見ています。
西城秀樹に関しては、病気の後に「炎」を歌った時よりも声はよく出ていたような気がしました。顔も病気をする前よりもすっきりしたような気がして私としては嬉しく感じました。


「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」

投稿者:MACKY  投稿日:2007年 4月19日(木)22時36分0秒

とろりさん>お久しぶりです。お元気になって何よりです。泰葉さんは夫ではなく弟がエライことになっていますが…

話変わって今NHKで秀樹さんが病気の話をしていますが、すっかり顔つきまで変わってしまって唖然…さっき「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」を歌っていたけど、当時のカッコ良さは何処にも見られずに淋しかった…


FLY-DAY

投稿者:よっかー  投稿日:2007年 4月19日(木)12時18分50秒

>とろりん村とろりさん
泰葉は「ブルー・ナイト・ブルー」も憶えてます(^^ゞ

FLY-DAYは作詞した荒木とよひさ先生の造語なんでしょうね。
「フライディ・チャイナタウン」がリリースされた1981年当時は楽しい学園生活でしたので、はっきりとした記憶が無いのですが、お金持ちの方々は週休二 日が始まって、香港旅行なんかが流行し始めた頃だったんでしょうかねぇ(笑)。金曜日の夜は浮かれ気分になることをシャレて歌った曲だと解釈してました。 翔んでる様子がうかがえるし(^^ゞ

田村英里子「真剣」がバックになってますが、マジにとろりん村とろりさんの完全復活の意思表示なんでしょうか\(*≧▽≦*)/ そう言えば田村英里子も NHK「英語でしゃべらナイト」やスカパーの海外旅番組で最近よく見かけるようになりました。ちょっと大人しくなった程度で見た目はナンノ同様に変わって ないのがうれしい。ただ歌はもう歌ってないみたい。


♪♪

投稿者:とろりん村のとろり 投稿日:2007年 4月19日(木)07時57分0秒

☆KOSUKEさま、こうそくひれん1号さま、よっかーさま

確かに、「フライディ・チャイナタウン」(泰葉)は、冒頭からすごくテンションが高いですね^^。

オリコン・ウィークリーでの、この曲の最高位が第69位だったというのは意外でした。それにしては当時、よく耳
にした曲でしたし、巷間、よく知られている曲ですから。

おそらく、爆発的な売り上げは記録しなかったものの19週間もチャートイン(これは驚異的ですね)するというロ
ングヒットだったために、それだけよく世間に浸透したために、いまだに知名度が高いのでしょうね。

「フライディ・チャイナタウン」は泰葉の代表曲であるとともに、70年代末から80年代初頭のニューミュージック
黄金時代を代表する曲だと思っています。

こうそくひれん1号さんと同様、ぼくも、泰葉の作品の中ではこの曲しか印象に残っていません(冷汗)が、「フラ
イディ・チャイナタウン」だけで、彼女の名前は永遠のものとなるでしょう。

この曲のタイトルと歌詞に出てくる「フライディ」が「Friday(金曜日)」ではなく「Fly-Day」と表記されている
のは今に至るも解けない謎です。「Fly-Day」とは、どういう意味の言葉なのでしょうか。


投稿者:とろりん村のとろり 投稿日:2007年 4月19日(木)06時32分50秒

ひさしぶりに戻ってまいりました。

すっかり「モナ・ムール!歌謡ポップス」を更新しなくなってしまっていて、大変、申し訳なく思っていました。ま
た、長らくこの掲示板からも遠ざかり、レスもせずにいました。このような状態であったにもかかわらず、たくさん
の投稿をしてくださり、心から感謝しています。

フューさま、よっかーさま、こうそくひれん1号さま、暖かいお言葉をいただき、ほんとうにありがとうございます。

☆こうそくひれん1号さま

「教室」(森川美穂)のPVのロケ地を解明してくださって、ありがとうございますm(__)m。

昨年、「あのPVのロケ地はどこだろう?」と、この掲示板上でひとしきり話題になりました。何がきっかけだった
んだろうと思って過去ログを読み返してみると、

(以下、「教室」(森川美穂) 過去の『モナ・ムール!歌謡ポップスの掲示板』〈その72〉から引用)

♪ 投稿者:とろりん村のとろり 投稿日: 4月19日(水)09時02分23秒

(前略)
これは、どこで撮影したのでしょう?「教室」の発売日は85年7月21日ですから、関東甲信越地方であれば撮影の
時期が梅雨の季節と重なってしまいますね。もしかすると、梅雨のない北海道まで行って撮影したのではないかと思
います。


(引用終わり)

何と、ぼくの極めて根拠の薄い発言がきっかけだったんですねA^^;;。

1年前に起こった謎を忘れず、なおかつ、現地まで赴いて、それを解明してくださったことに対して、ぼくは大変、
感激しました。このサイトにも、それだけの存在価値があるのか...、と。

長らく、何をする気も湧かなくなっていたのですが、最近、ふとした偶然で70年代~80年代に放送された音楽番組
の動画をみて心動かされ、ひさしぶりに何か書いてみたい気持ちになってはいたものの、なかなかサイト更新できず
にいたのです。

もたもたしているぼくを、ようやくサイト更新に踏み切らせたのは、何といっても2007年 4月11日(水)01時23分
15秒のこうそくひれん1号さんの書き込みです。

「教室」(森川美穂)のPVの舞台となった甲斐大泉駅を地図とGoogle Earthで調べてみたのですが、ほんとうに山
の麓ですね。「麓」といっても八ヶ岳の麓ですから、かなり標高が高いところにあるのではないかと想像します。
(そういえば子供の頃、『国鉄で最も標高が高いところにある駅は野辺山駅。最も地下深くにあるのは馬喰町駅』と
何かの本で読んだ記憶があります)

甲斐大泉駅に関する地図は、下記URLをご参照願います。

http://torori.ptu.jp/kaiohizumi_map.mov
http://torori.ptu.jp/kaiohizumi_e.mov

「教室」のPVでは、ひなびた雰囲気のある避暑地の駅という一種の情緒を感じましたが、冬には雪で閉ざされるん
だろうなあ...。

以前、こうそくひれん1号さんからお送りいただいた「教室」(森川美穂)のPVのキャプチャー画像を使って、スラ
イドショーを作り、「キャプチャー画像集」に掲載していますが、従来、再生までに時間がかかるという問題があり
ました。

そのため今回、スライドショーを作り直してみましたので、ご確認のほど、よろしくお願いいたします。

「教室」(森川美穂) ♪~B.G.M「旅の手帖」(石毛礼子)スライドショー

☆よっかーさま

>残念ながらQuick Time Playerを持ってないので見れませんでしたが・・・(^^ゞ

失礼しましたm(__)m。wmvファイルも用意して、鑑賞できるようにいたします。

☆よっかーさま、フューさま、MACKYさま、こうそくひれん1号さま

1980年代、森川美穂がついにブレイクに至らなかったのは残念というよりは不思議に思えてなりません。彼女は不
世出のボーカリストだと思うからです。あのような歌唱をみせる歌手は、後にも先にも彼女だけであり、比較するべ
き対象が見当たりません。

すなわち、唯一無二の存在だと思うのです。強いていえば、同じくヤマハが生んだ天才ボーカリスト・八神純子の系
譜を受け継いでいると言えなくもない。しかしながら、八神純子もあまりにも非凡な歌手です。彼女も森川美穂と同
様、唯一無二の存在だとぼくは考えているので、両者を比較すること自体に少なからず、違和感があります。

彼女は声量豊かで、特に高音部はメタリックな響きさえ感じさせます。そうしたボーカルは、たいていの場合、メカ
ニカルで、あまり心惹かれないのですが、彼女の場合は全くそれを感じさせません。そこが大きな違いだと思います。

彼女のボーカルは豪快でけれん味がなく、心の中で爆発する感情をストレートにリスナーに伝えている感がありま
す。そのような激しい内面の吐露も、彼女の歌唱の大きな魅力でしょう。

デビュー曲の「教室」を歌っている頃は、ぼくも森川美穂がそんな人だとは思っていませんでした。でもサードシン
グルの「赤い涙」を聴いたとき、彼女はおそらく、感受性が強くて感情の起伏が激しい人なのだろうなと感じました。

「赤い涙」における彼女の歌唱は鬼気迫るような切迫感があって、文字通り、凄絶をきわめるものです。
森川美穂は、あの曲のヒロインの差し迫った絶望に満ちた心情を感じ取り、彼女の痛切な感情を代弁するかのような
思いで歌っていたのだろうと今でも考えています。

今、振り返ると、デビュー曲の「教室」では、森川美穂自身がかなり抑えて歌っているように感じられます。そのこ
ろはまだ、本領を発揮していないし、真の自分をみせることを意識的にか無意識的にか、抑制していたのではないで
しょうか。

デビュー当時とその後とでは印象が全く違うという現象は、ぼく自身、しばしば体験しています。たとえば、島田奈
美もそれに該当するひとりです。

島田奈美が生で歌う姿をぼくがはじめてみたのは、彼女のサードシングル「パウダー・スノーの妖精」リリース直
後でしたから、デビュー半年後ということになります。そのときの彼女はずっと表情をこわばらせ、歌いながら笑顔
を見せることはほとんどなかったのを覚えています。

ところがデビュー1年後、「ザ・ベストテン」(TBS系)で「内気なキューピッド」を歌う彼女は非常に表情豊か
で、とても愛くるしい感じがします。彼女が元来、「お転婆」であることを知ったのはその頃でした。実にデビュー
から1年間が経過して、ぼくはようやくわかったのです(下記もご参照願います)。

TBS「ザ・ベストテン」で、5枚目のシングル曲「内気なキューピッド」を歌う島田奈美。


お元気でしたか

投稿者:こうそくひれん1号  投稿日:2007年 4月18日(水)13時15分34秒

♪お元気ですね 幸福ですね お返事なかったのはそうなのですね
毎日何か夢中になって レスを書くまがなくなったのでしょう・・・

おかえりなさい。またよろしくお願いします。


お元気になりましたか

投稿者:よっかー  投稿日:2007年 4月18日(水)09時42分5秒

>とろりん村とろりさん
気分一新しましたか(^_-)-☆

残念ながらQuick Time Playerを持ってないので見れませんでしたが・・・(^^ゞ
島田奈美様ですな。


ごぶさたいたしておりますm(__)m

投稿者:とろりん村のとろり 投稿日:2007年 4月18日(水)00時47分19秒

本日は手短かに...。

新しいウェブサイトをとりあえず、作ってみました(ほんとうにとりあえずです^^;;)。
下記が、そのURL(予定)です。まだ思案中ですけれども。

クリックしてみてください。http://mov.torori.org/


まとめてレス

投稿者:こうそくひれん1号  投稿日:2007年 4月16日(月)12時54分37秒

>>KOSUKEさん

泰葉って「フライデーチャイナタウン」しか印象にないけど、2曲目以降はどんな歌を唄ってましたっけ?

>>MACKYさん

私も「教室」で美穂ちゃんを知った時、「あんな娘」だとは夢にも思いませんでした(^_^;)

>>よっかーさん

「ノムラでノムラだ♪」は現役の番組だったんですね。「オグラでオグラだ」は約20年前の番組です。毎週、美穂ちゃんの声が聴けるなんて、いいですね。

>>とろりん村のとろりさん

「無事」らしい事が判り、ホッとしています。今度はお声を「見せて」ほしいです。


森川美穂の笑い声

投稿者:よっかー  投稿日:2007年 4月15日(日)11時58分43秒

元アイドルとか、なつかしの・・・って言われるとなんだかこそばい。
ずっとラジオ番組は出てるし、今も時々コンサートしてるから、美奈子.亡き後では1985年組で歌のステージに立ち続けてる一人ですね。(森口も歌ってるわ(^^ゞ)

>こうそくひれん1号さん
毎週、ラジオの「ノムラでノムラだ」(これが正式な文字でした)では、笑いカワセミのような「ケタケタケタ・・・」とでも表記するような笑い声を聞かせてくれてます。あいかわらずの美穂で聞いてて自然にこちらも笑顔になりますよ。
番組のオープニング曲はもちろん「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」です(笑)。森川美穂の歌も新旧問わず1曲が流れ、その歌の思い出話などもありますね。

80年代に歌だけで活動したかったアイドルは、まだまだ成熟してない音楽業界においては損をしたのか?礎になったのか? 森川美穂も90年代半ばにデビューしてれば、久宝瑠理子よりは売れたと思うのは贔屓の引き倒し(^o^)v


姫様ズーム・イン

投稿者:フュー  投稿日:2007年 4月15日(日)11時14分41秒

久しぶりに写真が変わりましたね。とろりん村のとろりさんもお元気そうでなによりです。
この曲で森川美穂を知って声にすごくひかれました。
ずっと聴いてなかったけど久しぶりひっぱり出して聴いてます♪

「おんなになあれ」

投稿者:MACKY  投稿日:2007年 4月14日(土)22時04分1秒

こうそくひれん1号さん>多忙を掻い潜って『元アイドル2』を読了しましたが、後半はどうってこ となかったような。「あとがき」でも「今回はそんなにハードな体験をしたメンバーもいない」とあるくらいなので、前作に比べるとトーンダウンの感は否めな いかな。森川美穂さんは個人的には『ザ・ベストテン』の特番の時に、時間に追われながら「おんなになあれ」を歌った記憶しかなくて、この時は何処にでもい るアイドルに見えたんだけど…

泰葉さん

投稿者:KOSUKE 投稿日:2007年 4月14日(土)12時35分6秒

こうそくひれん1号様 よっかー様

「フライデー・チャイナタウン」、もんのすごく気合の入った歌い方を覚えてます(笑)。オリコンでも最高69位ながら19週(4~5ヶ月!)と演歌のよう なチャートインでした。彼女はデビューに際してジャズダンスでダイエットしたとのことで、「ジャズダンス」(当時はまだ「エアロビ」とは言ってませんでし たね)という単語をこの時初めて知ったのを覚えています。旦那の小朝さんは岸本加世子さんと付き合ってたはずなのに、また違うタイプに乗り換えたもんだな あと・・・


美穂ちゃんが旅した場所

投稿者:こうそくひれん1号  投稿日:2007年 4月14日(土)10時10分46秒

>>よっかーさん

旧・大泉村ってのは山梨県の一番端っこで八ヶ岳の麓。長野県とほとんど同じ地域なんです。隣の駅が清里(山梨)、その次が野辺山(長野)です。初めて訪れましたが、とても素敵なカントリーでした。再度訪れて別のロケ地も発見できたらいいな、と考えています。
「野村でのむらだ」というのは「オブラディ・オブラダ」のシャレ、もじりですね。東京(ニッポン放送)でも「オグラでオグラだ」(小倉久寛)という番組がありましたが、考える事はどこも一緒ですね(^。^)

泰葉は海老名美どりの妹ですからねえ、元々ああいう性格だったのかも。顔も美どりといっ平を混ぜたような感じになりましたね(何故か正蔵には似てないなぁ)。


どうも。

投稿者:よっかー  投稿日:2007年 4月12日(木)16時03分6秒

>こうそくひれん1号さん
ロケ地調査ご苦労様ですm(__)m
期待されているといっても、新人のPVに長野や北海道まで時間かけてロケには行ってなかったんですね(^^ゞ 実際にその場所へ行けるのはうらやましくもあります。

私も大阪・毎日放送ラジオの「野村でのむらだ・火曜日」へ、リクエストと質問を森川美穂に送ったりしましたが、なかなか採用されず判らず終いでした。

さて泰葉。今年は何か春風亭小朝の特別な企画でもあったんでしょうかね?

今年の2月から、いろいろな番組で姿を見かけますね。
前回見てから4年ぶりくらいかな、私的には。小朝の事務所の社長を兼任してることもあって、旦那を師匠として立てている姿はすごく昔の女性的で、萌え世代 の男にはえらく可愛く見えたんじゃないでしょうかね。シンガーソングライターとして活動が盛んだった頃はけっこうツッパッてましたので、生意気ほどじゃな かったけど元気がありましたね。昔、録画したテレホンショッキングの映像やライブ番組でのトークを見ると、元気よさは同じだけど、謙虚さが加わったって感 じですかね。元々トークが達者だから、他のバラエティーに呼ばれる可能性もありますね。

泰葉をアイドルと見るか、は、好みの問題ですが、私もそう見てましたので(笑)、昔好きだったアイドルが今も元気で幸せなら、文句無しですよ。


久しぶりだね、お二人さん

投稿者:こうそくひれん1号  投稿日:2007年 4月12日(木)14時53分18秒

10日(火)放送の「踊る×3!さんま御殿」、ご覧になりましたか?。3部構成だったんですが、「夫婦特集コーナー」では「お久しぶり!アイドル」が2人も出ていました。谷ちえ子と泰葉です。
谷・小倉夫婦は頭数をそろえるのにキャスティングされた感じで、あまり目立ってはいませんでした。一応「アイドル歌手だった」くらいは紹介されていました が、スタ誕出身だったとか、どんなデビュー曲だったとかの話は一切なく、ちょっと残念でした。でも谷ちえ子にとっては久しぶりの大きな仕事だったでしょう ね。
それよりも注目は泰葉です。彼女を見るのは実に久しぶりですが、ずいぶん変わっていました(いい意味で)。もう40代も半ばだと思うのですが、見た目が安 部なつみ・麻美姉妹っぽいというか、えっらくカワイイんです。たまたま自分の好みに当てはまったのかもしれませんが、昔の泰葉しか頭になかった私は萌えま くってしまいました。でもちょっと気になったのは、トークやリアクションの弾けぶり。ブッ飛び過ぎというか、悪く言うとプッツン気味でした。泰葉って、元 々あんな娘でしたっけ?

1年経って判明

投稿者:こうそくひれん1号  投稿日:2007年 4月11日(水)01時23分15秒

>>とろりん村のとろりさん、よっかーさん

丁度1年前(4月19日)に話題になった「PV『教室』のロケ地」。私は(何の根拠もなく)「北海道説」、よっかーさんは「長野説」を唱えていました。昨 年11月12日には「小海線かも?」という新情報を書き込みましたが、昨日、それを確認に行ってきました。私は(PVの駅は)甲斐大泉駅か甲斐小泉駅では ないかと当たりをつけたんですが、これがビンゴ!。あの駅は甲斐大泉駅だったようです。駅舎は改築されホームも増設、列車も新型になっていてPVの頃とは ずいぶん変わっていたんですが、(美穂ちゃんが乗った)列車が入線する時に後方に見えるオーバーブリッジやホーム上の看板(?)が現存しており、間違いな いと断定しました。ただPVの頭では列車が左カーブで接近してきており、甲斐大泉駅付近とはレールの曲がり方が一致しませんが、この列車は美穂ちゃんが 乗っていた車両とは別の物なので、他の場所での別撮りだったのだと思われます。
結論、PV「教室」(の駅)のロケ地は山梨県北杜市(旧・大泉村)のJR甲斐大泉駅です。


いつまでも波瀾万丈

投稿者:こうそくひれん1号  投稿日:2007年 4月 8日(日)11時34分25秒

>>MACKYさん

私も貧乏暇なし状態で、たまたま開いた森川美穂のパートだけ読みました。
まあ何と言うか、この人が元々こういう性格だとは知っていましたが、相変らずですねぇ。当時はともかく、未だに(2006年)胸張って武勇伝を語ってます ね。よく言えば確信犯というか、強い信念があるのかもしれないけど、こういう自分本位な正義感って始末に悪いですね(世に蔓延する「勘違いクレーマー」と 同じレベルだね)。
そのくせ昔も今も変にカワイイから美穂チャンを心底憎む事ができず、むしろそんなSぶりにどこか萌えてるドMのボク。そんな自分が情けないデス(^^ゞ


「SHOW ME」

投稿者:MACKY  投稿日:2007年 4月 7日(土)00時16分7秒

こうそくひれん1号さん>やっぱりチェックされてましたか。私も月曜に書店で見つけて即ゲットし ました。仕事が忙しくてまだ半分くらいしか読んでないけど、全体的には前作よりは面白度が下がっているような…今のところ印象に残ったのは、ボンド企画の 倒産時はかなり悲惨だったらしいこと。セイントフォーのドロドロ劇。某アニメ系の方のいまだに物凄い勘違いっぷり。横山知枝さんがいつの間にか母親だった こと。『ASAYAN』がいまだにトラウマになっているサッチン。そして今だに水着姿にならなかったことについて、強い拘りを持っている良美さん。それか ら、「SHOW ME」の森川由加里さんはアイドルじゃないでしょう。よく本人が了承したねえ。

「元アイドル2」発売中

投稿者:こうそくひれん1号  投稿日:2007年 4月 6日(金)08時30分38秒

こんなの読んでもつまらなさが残るだけなんだよなーと思いつつ、結局は懲りずにまた買っちゃいま した「元アイドル2」。今回は我等の世代にも馴染みのある大場久美子、林寛子、岩崎良美、森川美穂などの名が並び、少しは期待できそうですがどうでしょ う。ちなみに私は鈴木早智子、横山知枝が目当てですが、また「今更そんな告白しないでよ」なんて衝撃発言でもあるのでしょうか。「元」でもアイドルはファ ンを裏切らないでほしいデス。

>>KOSUKEさん

「深夜族」イイですねー、大好きな曲です。でもテレビやラジオでは視聴した事がありません。菅沢恵子は2枚どころか1枚だけで事実上、消えてますね。


♪深夜族ですー

投稿者:KOSUKE 投稿日:2007年 4月 4日(水)22時19分13秒

こうそくひれん1号様

菅沢さん、「哀しくて哀しくて」と「深夜族」の2枚でフェードアウトだったような?ここにも画像があるんですけど、200位にも入らなかったのに歌謡大 賞の新人祭りの10組に当選したのがナゾでした。美人だったんだけど声があまりにもアイドル向きじゃなかったという印象ですが・・・


悲しいはずがラッキー!

投稿者:こうそくひれん1号  投稿日:2007年 4月 1日(日)21時10分14秒

さっきまで放送していた植木等追悼番組で「8時だョ!全員集合」の映像が流れたんだけど、菅沢恵子が映っていました。動いている菅沢恵子を見るのは久しぶりですが、やっぱ笑顔が可愛いですね。思わぬ拾い物でした。

東海林太郎

投稿者:旅笠道中  投稿日:2007年 4月 1日(日)17時42分30秒

菊池清麿氏の『国境の町東海林太郎とその時代』
は読ませます。版元は北方新社。青森県の出版社
です。

冬のリヴィエラ

投稿者:演歌太郎  投稿日:2007年 4月 1日(日)06時29分11秒

http://www.umigoroshi.com/newpage4.html
名曲「冬のリヴィエラ」誕生秘話。

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