2月 012014
 
坂口良子さん  投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 3月31日(日)23時06分41秒  

 

  とろりん村のとろりさま

 

レコ大は一時期「演歌・歌謡曲部門」「ロック・ポップス部門」に分かれましたが、

長続きしませんでしたね。

細かくカテゴリーを分けてるのは「日本ゴールド・ディスク大賞」ですが、

こちらはイマイチ認知度が上がってきませんね。

レコ大も辞退する人が多いので候補者選びに四苦八苦してますよね。

 

よっかーさんも話題に出している坂口良子さんですが、

今回の訃報にはホントに驚きました。

実家に写真集とアルバム「シルキー」があります。

好きな女優さんの1人だったので本当に残念です。

心からご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2013年 3月31日(日)20時03分54秒  

 

  ☆よっかーさま

 

坂口良子さんの訃報には、ぼくも驚愕しました。

そういえば、彼女と同年代の田中好子さんが亡くなってから、もうすぐ二年もの歳月が経とうとしていますね。

 

「佳人薄命」という思いが、ぼくの胸をよぎります。

心から、ご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

 

ありがとうございます。  投稿者:よっかー  投稿日:2013年 3月30日(土)00時00分0秒  

 

  >とろりん村のとろりさま

返事を長々と打とうかと思ったら、坂口良子さんの訃報を聞き、呆然としてしまいました….

「アイちゃんが行く」で初めて見てから、まったくイメージの変わらない素敵な歳を重ねた女優さんでした。

まさかこんなに早く逝く人とは思わなかった。合掌

手元に「幸せさがし」(TBSドラマ「家なき子」主題歌)のシングルがありますが、何枚か記憶に残る歌もリリースしてましたね。

日本人の寿命が延びたと言われつつも、こんなに早く亡くなる方も多くいるのがねえ・・・。

残念です。

 

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2013年 3月28日(木)00時40分3秒  

 

  ☆よっかーさま

 

チコとビーグルスの「帰り道は遠かった」はリアルタイムでは知りませんが、子供の頃、ラジオの「GS特集」などで

よく流れていましたから、充分、知悉しております。

 

ただ、「一発屋だった」という、そのラジオ局の認識は大いに誤っているのではないでしょうか。最近ではチコとビー

グルスといえば、筒美京平&橋本淳の黄金コンビの手になる「新宿マドモワゼル」の方が遥かに注目度は高いだろうと

思います。妙に熱っぽいギターとボーカルが耳に残る名曲です。

 

確かに、これは近年における60年代女性ビートポップスの再評価が起こした現象でしょうから、当時としては「一発

屋だった」という評価もあながち間違いではないのかもしれませんが…。

 

「帰ってきた狼」(日活)は、初めて知りました。映画チャンネルNECOによれば、スカパーでしかみられないみたい

ですね。テレビ自体を捨ててしまったぼくには、視聴不可能です。よっかーさんのおっしゃる「音楽専門チャンネル」

をみるためにも、テレビを買った方がいいのかなあとも思います。

 

☆SATOSHINさま

 

CDの売上枚数は90年代末をピークに減り続けており、今では全盛期の半分以下になっています。

昨年のシングルCDのミリオンセラーはAKB48のみでした。

 

シングルCDからデジタル・ダウンロードに移行したのと、音楽そのものが聴かれなくなったのが原因のようですね、

 

レコード大賞はもともと、「日本でもグラミー賞をつくろう」という気運で創設され、一時期はグラミー賞並みのステ

イタスがあったはずなのですが…。

 

グラミー賞のように細かくカテゴリーを分けるのは不可能なのでしょうか?

ただし、そういう改革が功を奏するかは、甚だ疑問です。

 

 

 

ご無沙汰してますが・・・(^^  投稿者:よっかー  投稿日:2013年 3月26日(火)00時20分53秒  

 

  毎日、色んな歌や懐かしの映像は見て、なんとか生きております。

 

先日、と言っても先月末か。地元のラジオ番組のナツメロ特集で、チコとビーグルズ「帰り道は遠かった」が流れてきました。番組では一発屋だったと簡単な説明で終ったんですが、なかなか気になる歌で好きになる系列の歌ですが、とろりん村とろりさんや、常連の皆さんで「あー憶えてるよー」って方がいらっしゃいましたら、ご教授くださいませ。

 

 

それからもう一つは、今日チャンネルNECOで放映された映画「帰ってきた狼(1966日活)」の中で唄われてた歌。出演者テロップで見ると、水島輝子「白い砂」と紹介されてましたが、これも耳に残る西田佐知子系のムード歌謡でした。この映画はジュディ・オング(当時16歳)が出てるってことで待ちわびた映画でした。いやぁ良かったヾ(〃^∇^)ノ

 

クラブ歌手の役で水島輝子が歌ってるシーンがあるんですが、この方も私は全然知らなくて。

 

 

最近の音楽チャート番組はスカパーなどの音楽専門チャンネルに移ってますね。

iTunes、レコチョクなどのランキングが毎週紹介されてますよ。

演歌歌謡曲のランキングもね。

なかなかチェックするのも大変ですが、演歌歌謡曲ランキングに見る演歌歌手のPVは、それはそれで楽しいですよ。

 

米国のグラミー賞のようなステータスがなかなか日本では根付かないですねえ。

 

 

 

 

ふむふむ  投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 3月25日(月)22時33分2秒  

 

  とろりん村のとろりさま

 

CDの売上の上位はAKB系やジャニーズ系がほとんどなのが現状ですよね。

これらはCDそのものより特典目当ての感が強いです。

ただジャニーズの場合はドワンゴくらいでしかDLできないですからね。

意外にメジャーな演歌歌手ではなくても割りとオリコン上位に入ってくるのは、

若者がDL中心に移行しているのが影響しているのかもしれませんね。

 

レコード大賞は大晦日から30日に日程を変更したことで視聴率は持ち直しましたね。

ただ最近は生バンドでの歌番組が減ったのがちょっと淋しいですね。

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2013年 3月22日(金)01時05分4秒  

 

  ☆SATOSHINさま

 

いちばん音楽を聴くであろう若い世代は、今やiTunes Storeやレコチョクなどからのダウンロードを通して音楽を入

手するのが当たり前になっていますから、CDの売り上げ枚数だけでチャートを作っても実態とは乖離してしまってい

るのではないかとは思いますね。

 

ただ、権威としてはレコチョクよりは「オリコン○位」の方が上なのは確かだとぼくも思います。

 

「音楽賞」が消えて、「音楽祭」になっていったのは、90年代頃でしょうか?「日本レコード大賞」も、権威や世間

の注目度は70年代~80年代に比べると暴落していますしね。とはいえ、レコ大は日本作曲家協会が主催していますの

で、今後も続くと思いますが…。

 

>「日本歌謡大賞」の観覧希望に応募し当選したのですが、

>当選はがきが届いたのがなぜか開催より後だったのです。

 

郵便局の遅配でしょうか、それとも、当選はがきの発送が遅れたのでしょうか?

いずれにせよ、これは悲劇でしたね…。

 

 

 

音楽賞  投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 3月17日(日)22時51分34秒  

 

  とろりん村のとろり様

 

そう言えば視聴率調査もニールセン消えましたね。

確かに今は音楽の聴き方が多様化してますよね。

CDよりもDLへシフトしつつあるとは言え、

チャート的には「レコ直」何位よりも「オリコン」何位の方が受け入れられていますし、

やはりパッケージも含めて1つの作品というこだわりは残るでしょうね。

一部では根強いアナログ・レコード派もいますしね。

 

「音楽賞」は昔はあんなに乱立してたのにホントなくなりましたよね。

ちょっと淋しい気がします。

音楽賞では苦い思い出が1つあります。

「日本歌謡大賞」の観覧希望に応募し当選したのですが、

当選はがきが届いたのがなぜか開催より後だったのです。

せっかく当たったのにすごく残念でなりませんでした。

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2013年 3月12日(火)22時46分5秒  

 

  ☆SATOSHINさま

 

>チャート番組ってなぜ激減したんでしょうね。

>1つにチャート=オリコン・チャートってイメージがついてきたからではないかと。

 

確かに、それはあるかもしれませんね。

視聴率調査も、いつのまにかニールセンが消えてしまい、ビデオリサーチだけになってしまいましたし…。

 

チャート番組が激減してしまったのは、個人個人が聴く音楽が多様化しすぎて、他の人が何を聴いているかということ

に対する関心が薄れてしまったからではないかと思います。

 

チャート番組と同様、「音楽賞」も日本レコード大賞以外はほとんどなくなってしまいましたが、その原因は、チャー

ト番組激減の原因と同じなのではないでしょうか。

 

 

 

チャート  投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 3月 9日(土)22時46分41秒  

 

  とろりん村のとろりさま

 

私も小川哲哉は嫌いじゃないです。

最近全然出てこないのが残念です。

「ザ・チャンス!」での伊東四朗の「ニン!」が印象的でした。

確か最初はピンク・レディーがやっていたんですよね。

 

チャート番組ってなぜ激減したんでしょうね。

1つにチャート=オリコン・チャートってイメージがついてきたからではないかと。

昔はミュージック・リサーチやミュージック・ラボなどのライバルも存在しましたが、

いつの間にか消えてしまい音楽チャート=オリコンという図式が確立したように思います。

何かにつけ「オリコンで○位」とか記事等を見かけますものね。

オリコンの認知度が上がったことがもしかしたら一因の1つにあるのかもしれませんね。

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2013年 3月 5日(火)01時48分18秒  

 

  ☆SATOSHINさま

 

小川哲哉は独特の「クセ」があって、好き嫌いが分かれるところでしょうけれども、ぼくは好きです。

「ザ・チャンス!」は、ぼくもみていました^^。伊東四朗が司会をしていましたね。

 

チャート番組の激減の理由は何なんでしょうか。世間の人に音楽に対する興味がなくなったからでしょうかねえ…。

 

☆こうそくひれん1号さま

 

>地図を目を皿のようにして探して、「ここでは」と思って東京から確認に行ったのに、結果は空振り、なんて事もありました。

 

そこまでの情熱を持ってお探しになったとは、驚愕の一言です。でも、そこまでなさったのにわからないとすれば、

最早どこかを特定するのは不可能に近いですね。

 

できることなら、森川美穂さんに直接訊いてみたいです(本人も、忘れてしまっているかもしれませんが…)。

 

>こちらの掲示板の平成17年3月6日にボクの「ベストテン番組」という書き込みがあります。

>8年前にすでにベストテン番組激減を嘆いています。よかったら見て下さい。

 

ということで、下記に転載させていただきました。

 

ベストテン番組  投稿者: こうそくひれん1号  投稿日: 3月 6日(日)19時37分29秒

 

今朝、起きて真っ先に朝刊のラジオ欄を見ました。そしてびっくり。我々の中高生時代には「これでもかッ!」というくらいやっていたベストテン形式の番組の激減ぶり。

TBS、文化は全滅。唯一ニッポン放送が1本(ただし「三宅裕司のザ・ベスト30スゲェ!」というおちゃらけた物。どの程度おちゃらけかは聴いてないので分からないけど)。

あわてて前日の新聞を見ると、なんと土曜日には皆無。これはどうしたことか。

自分の青春時代には、ざっと思い出しただけでも土日に、

「青春ベストテン」「全国歌謡ベストテン」「歌謡紅白ベストテン」「決定!!全日本歌謡選抜」「味の素リクエストベストテン」「不二家歌謡ベストテン」「電リクダービー歌謡ベストテン」「サタデー歌謡ベストテン」「全国ヒット速報ベスト100」「サンデー新曲ベストテン」

などがやっていたのに。なんか寂しいですねぇ。

 

 

 

確かに  投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 3月 2日(土)23時01分49秒  

 

  とろりん村のとろり様

 

小川哲哉はあの馴れ馴れしさが魅力の1つでした。

レコ大のラジオ版の中継もやってましたね。

あとは「ザ・チャンス」のナレーション。

いい声してました。

 

あと土曜日にニッポン放送でオリコンチャートの番組がありました。

小池社長もゲスト出演してました。

夕ニャンでのあの独特のTシャツ姿が懐かしいです。

 

 

こうそくひれん1号様

昔はベストテン番組が花盛りでしたね。

今の若い人たちはあまり興味がないのかな?

 

 

 

週末は「ベストテン」  投稿者:こうそくひれん1号  投稿日:2013年 2月27日(水)21時13分3秒  

 

  昔はベストテン番組が多かったですが、最近は激減ですね。こちらの掲示板の平成17年3月6日にボクの「ベストテン番組」という書き込みがあります。8年前にすでにベストテン番組激減を嘆いています。よかったら見て下さい。

 

まあ流れからすると甲斐大泉駅付近の牧場には間違いないと思うのですが、いくら探しても見つからないんですよ。地図を目を皿のようにして探して、「ここでは」と思って東京から確認に行ったのに、結果は空振り、なんて事もありました。

http://blogs.yahoo.co.jp/diet9156

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2013年 2月27日(水)00時31分32秒  

 

  さて、「キャプチャー画像集」と「EP盤リスト」が不通で、憂鬱になっているとろりです。

 

☆SATOSHINさま

 

ラジオ大阪では、「決定!全日本歌謡選抜」のパーソナリティは立原啓裕でした。ただ、小川哲哉の「妙な馴れ馴れし

さ」というのは「ザ・ヒットパレード 毎日がベストテン」でも遺憾なく発揮されていましたから、おおよその予想は

つきます^^。

 

「コーセー化粧品 歌謡ベストテン」は「ライバル化粧品会社のCMソングがチャート・インしない」だけでなく、コ

ーセー化粧品のCMソングが大きく評価される不思議な番組でしたね(スポンサーのことを考えたら、当然なのかもし

れませんが)。石川秀美の「愛の呪文」が、その一例でしょう。

 

「全国歌謡ベストテン」は、関西ではKBS京都がネットしていたので聴いていました。伊藤強がコメンテーターを務め

ていたように思います。

 

こうして振り返ると、かつての週末のラジオ番組はチャート番組だらけでしたね。

 

他の音楽番組では、NHK-FMの「軽音楽をあなたに」やTBSラジオの深夜番組「今夜もセレナーデ」を聴いていまし

た。特に「今夜もセレナーデ」は80年代において70年代アイドルを振り返るという画期的な内容だったのが印象に残

っています。

 

☆こうそくひれん1号さま

 

>そのVC内で美穂ちゃんは牧場的な所を訪れていますが、未だにそこがどこだか分かりません。

 

未だにぼくにもわかりません。ただ、小海線の甲斐大泉駅(←こうそくひれん1号さんが特定なさったのですが)がプ

ロモーションビデオに出てきているところから考えると、小海線沿線の山梨か長野のどこかではないでしょうか?

 

 

 

「教室」  投稿者:こうそくひれん1号  投稿日:2013年 2月26日(火)19時34分53秒  

 

   なるほど、そうでしたが。どういう経緯でVCを入手したかは分かりませんが、ボクは28年も前にそれを見ているのに、とろりさんは2013年にそれを手に入れた。何か不思議なものですね。

ところでそのVC内で美穂ちゃんは牧場的な所を訪れていますが、未だにそこがどこだか分かりません。とろりさん方面でそこがどこだか調べがつかないでしょうか?。

http://blogs.yahoo.co.jp/diet9156

 

 

 

ラジオ番組  投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 2月24日(日)22時55分47秒  

 

  とろりん村のとろりさま

 

「不二家歌謡ベストテン」は関西でもネットしてたのですね。

そうそうパーソナリティはロイ・ジェームスでした。

 

「決定!全日本歌謡選抜」は多分その地方によってパーソナリティが違ってたと思います。

文化放送では小川哲哉とにわたかこでした。

アイドルから電話がかかってくると、

小川哲哉が妙に馴れ馴れしく話しているのが印象的でした。

途中で各局のベスト10が紹介されてました。

そうそう紅白対抗戦でしたね。

男女混合の時はその都度考慮しますと言ってました。

この番組には何度かリクエストの電話そしたことがあります。

電話番号の末尾によって時間が区切られていたんですよね~

 

「ザ・ヒットパレード 毎日がベストテン」は私も聴いてました。

演歌の日に宮史郎がゲストの時に、

「このクサイ感じがいいんですよ」と言っていたのが印象的でした。

 

土曜日の「コーセー 化粧品歌謡ベストテン」は私も聴いていました。

ただライバル化粧品会社のCMソングがチャート・インしないのが難点でしたね。

その後の「ダイヤトーン ポップスベストテン」も聴いていました。

パーソナリティはシリア・ポール⇒堀川まゆみ⇒マーシャ・クラカワー⇒セーラ・ロウエル

とけっこうかわりましたが、最初の2人が印象的でしたね。

堀川まゆみはデビュー曲「ダディ」はけっこう好きな曲でした。

妹の麗美も歌手として活躍してましたね。

 

土曜日は3時から高島忠夫がパーソナリティをつとめていた

「全国歌謡ベステン」を聴いていましたね。

 

 

 

♪♪  投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2013年 2月24日(日)02時15分7秒  

 

  ☆こうそくひれん1号さま

 

先日、「教室」(森川美穂)のプロモーションビデオを入手することができました!

 

「こうそくひれん1号さんが送ってくださった、あのキャプチャー画像のオリジナルがこれか!!」などと、我ながら

非常に興奮しつつビデオを凝視してしまいました^^。

 

ビデオをみて、こうそくひれん1号さんはビデオの重要な箇所を厳選してキャプチャーしておられたことがよくわか

り、とても感激しました。

 

すばらしいキャプチャー画像を送ってくださり、ありがとうございました。改めて、深く感謝いたしますm(__)m。

 

お時間がありましたら、またキャプチャー画像を送っていただければ幸いです。

 

 

 

お久しぶりです  投稿者:こうそくひれん1号  投稿日:2013年 2月23日(土)19時58分38秒  

 

   こちらに来るのは久しぶりで、思えば新年の御挨拶も忘れておりました。あけましておめでとうございますw。

ところで「教室」に関して何かお話があるそうで。どういった事でしょうか?。

http://blogs.yahoo.co.jp/diet9156

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2013年 2月23日(土)19時12分22秒  

 

  ☆SATOSHINさま

 

ぼくは小学校5年生か6年生の頃からBCLに夢中になり、松下電器の「クーガ2200」というラジオ受信機でいろいろな

放送を聴いていました。最初は短波で海外の日本語放送を聴いていたのですが、次第に国内中波に関心が移り、北は北

海道のSTVラジオから南は福岡のRKB毎日放送まで聴いたりしていました。

 

朝や昼間は遠距離受信はできませんが、夜になるとそれが可能になり、特に東京のニッポン放送・TBSラジオ・文化放

送は100kwの高出力だったせいか、かなり良好に受信できました。

 

さて、「不二家歌謡ベストテン」。これは関西では朝日放送がネットしていて、毎週聴いていました。パーソナリティ

はロイ・ジェームスだったと思います。不二家のCMには松任谷由実の「まぶしい草野球」が使われていて、今でもあ

の曲を聴くと、日曜日ののどかな朝を思い出します。

 

「決定!全日本歌謡選抜」。関西では、ラジオ大阪がネットしていました。紅白歌合戦のように紅組と白組が勝負する

のですが、ぼくが聴いていたのは80年代女性アイドル全盛期だったせいか、いつも紅組が勝っていたように思います^^。

 

その他、聴いていたチャート番組としては…。

 

TBSラジオの「ザ・ヒットパレード 毎日がベストテン」。パーソナリティは小川哲哉でした。これは夜の放送でした

から、京都でも受信できました。曜日ごとに「ニューミュージックベストテン」「ヤングアイドルベストテン」などが

放送されていたように思います。

 

FM大阪の「コーセー化粧品 歌謡ベストテン」。これは土曜日の13時~14時に放送されていて、宮川泰と相川久美子

がパーソナリティを務めていました。この番組でよくエアチェックしたものです^^。この番組のすぐ後に始まる「ポッ

プスベストテン」も聴いていました(洋楽のチャート番組でしたが)。

 

今、振り返ると、テレビの視聴時間よりもラジオの聴取時間の方が遥かに長い「ラジオ少年」だったなと思いますし、

ラジオにチャート番組が数多くあったラジオの黄金期だったとも思います。

 

 

 

チャート番組  投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 2月22日(金)23時36分46秒  

 

  こんばんは。

私の小学校6年から中学生時代にかけては

週末はラジオのヒットチャート番組のはしご状態でした。

と言うのも色々なチャート番組のランキングをノートに書いて、

それを集計して自分独自の総合ランキングを出すということをやっていました。

特に日曜日は大忙し。

朝早く目覚めれば布団の中で「オールジャパンポップ20」を聴き、

(この番組は洋楽のランキングなのでノートには書いていませんでした)

8時からは「森田公一の青春ベストテン」、

そして9時からは「不二家歌謡ベストテン」をハシゴ。

この番組が終わってから朝食でした^^

そして11時から「井上順の歌謡紅白ベストテン」を聴き、

その後はひと息入れて午後のワイド番組「決定!全日本歌謡選抜」へ。

この番組は1時から4時半までのワイド番組だったのですが、

ランキングが発表されるのは3時半くらいだったので、

それまでに色々用事や宿題等を済ませていました。

そして最後は「ヒットセラーズ」で日曜のチャート番組は終了。

とろりん村のとろりさんは関西にいらしたので、

番組には馴染みはないでしょうね。

とろりさんは何かその手の番組は地元でお聴きになっていましたか?

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2013年 2月16日(土)00時01分21秒  

 

  ☆SATOSHINさま

 

>TOP画像がオックスになってましたね。

>「スワンの涙」は名曲ですよね~

 

オックスの話題が出ましたので、トップ画像とこの掲示板の壁紙を「ダンシング・セブンティーン」のジャケット写真

にしてみました^^。ちなみに、サイトのトップ画像や掲示板の壁紙を何にするかは、完全にぼくの「気まぐれ」です。

 

「スワンの涙」は(『ガールフレンド』もそうですが)筒美京平の曲もさることながら、橋本淳のロマンティックな歌

詞が何ともいえない夢のような非日常感を醸し出していますね。グループサウンズの王道だと思います。

 

>風吹ジュンがデビューした時、

>あの歌い方にドキドキしたな~なんてことをふと思い出したりしました^^

 

風吹ジュンがデビューした頃の記憶は最早おぼろげですが、何かコケティッシュな歌い方だったなあと思います^^。

 

 

(BGM:石坂智子のLP『デジタル・レディー』を聴きながら)

 

 

 

TOP画像  投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 2月13日(水)23時36分4秒  

 

  とろりん村のとろりさま

 

TOP画像がオックスになってましたね。

「スワンの涙」は名曲ですよね~

ヒデトのあのハスキーボイスも失神を誘う要素だったと思います。

 

先日大河ドラマ「八重の桜」を見ていて、

そう言えば風吹ジュンがデビューした時、

あの歌い方にドキドキしたな~なんてことをふと思い出したりしました^^

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2013年 2月10日(日)22時39分29秒  

 

  ☆SATOSHINさま

 

>段田男の頃オリ通に投稿していらしたなら、

>かぶってた時期はありそうですね。

 

もしかすると、かぶっていたかもしれませんね。

 

>女性ファン失神率No.1だったとか。

>今だとGLAYのTERUが演歌に転身するような感じでしょうかね^^

 

「GLAYのTERUが演歌に転身する」という例えは、言い得て妙な表現ですね^^。

 

オックスが活動していた頃、ぼくはまだ物心がついていませんでした。

 

なので、オックスはよく「失神GS」と呼ばれますが、「ガールフレンド」や「ダンシング・セブンティーン」、「ス

ワンの涙」といった彼らのシングル曲を聴いても、どうしてこんな穏やかな曲でファンやメンバーが失神するのかよく

わかりませんでした。

 

しかし、オックスが残したライブアルバム・「TELL ME OX ON STAGE No.1」を中古レコード店で買って聴いてみ

て、「なるほど、これは失神者が出てもおかしくないな」と納得がいきました。非常にラジカルなステージングです。

 

また、聴衆であるファンの熱狂度も半端なものではありません。「ガールフレンド」では野口ヒデトとともに聴衆全員

が「星よ星よ どうして早く」などと、整然と斉唱しているのです。コンサート会場全体に響き渡るそれを聴いて、ぼ

くは一種の宗教的な敬虔さすら感じたくらいです。

 

アルバムの後半には、なぜか、わらべ歌が入っていて、これが後の「真木ひでと」の萌芽かなと思ったりもします。

 

そして、ラストの「ドント・プレイ・ザット・ソング」、「テル・ミー」で遂に野口ヒデトや赤松愛のパッションが大

爆発し、感極まって失神を起こします。それを見た聴衆がつられて失神したとしても不思議ではありません。ラジカル

なステージングと、オックスと聴衆であるファンとの完全なる一体感こそ、オックスの「失神GS」と言われる所以で

しょう。

 

思うに、オックスのシングル曲は彼らの本領を発揮できていません。ライブアルバムでみせたドアーズやローリング・

ストーンズのカバーこそ、彼らの目指した音楽だったのではないでしょうか。

 

 

 

(無題)  投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 2月 9日(土)22時49分33秒  

 

  とろりん村のとろりさま

 

真木ひでとがオックスだったことは見ていた当時母が教えてくれました。

女性ファン失神率No.1だったとか。

今だとGLAYのTERUが演歌に転身するような感じでしょうかね^^

 

段田男の頃オリ通に投稿していらしたなら、

かぶってた時期はありそうですね。

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2013年 2月 4日(月)22時51分56秒  

 

  ☆SATOSHINさま

 

そういえば、真木ひでとの10週勝ち抜きも、毎週みていました。ただ、彼がオックスのボーカルだったことを知った

のは、ずいぶん後のことになります。

 

段田男は、オリ通で妙な人気がありましたね。当時、ロドリゲス高橋さんがイラストを描いておられたような覚えがあ

ります。

 

 

 

記憶の扉  投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 2月 2日(土)23時09分36秒  

 

  とろりん村のとろりさま

 

そうそう「全日本歌謡選手権」の司会は長沢純でしたね。

私が印象に残っているのは元オックスの真木ひでとが10週連続勝ち抜いた時ですね。

GSで活躍した人がまさかの演歌転進はなかなか衝撃的でした。

 

「スタ誕」の審査員も当時ヒットメーカー揃いでしたね。

阿久悠、都倉俊一、森田公一、中村泰士・・・

でも1番辛口だったのは松田トシでしたね。

 

そう言えば演歌で思い出したのでしたが、

「オリ通」で段田男が人気だったことがありました。

確かコーナーもあったような記憶が・・・

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2013年 2月 2日(土)00時27分43秒  

 

  ☆SATOSHINさま

 

>今はアイドルグループ乱立時代ですね。

>それゆえソロ・アイドルがなかなか出てきませんね。

 

今の時代は、ソロ・アイドルのブロモーションが難しいのかもしれませんね。どこの芸能事務所もソロ・アイドルのデ

ビューには消極的なように見えます。とはいえ、80年代後半以降、「おニャン子クラブ」や「モモコクラブ」のよう

に「グループ化」の萌芽はあったといえばあったようにも思います。

 

「全日本歌謡選手権」は、毎週みていました。確か、長沢純が司会で、山口洋子、すぎやまこういち、服部良一といっ

た大御所が審査員を務める本格的なオーディション番組だったと記憶しています。五木ひろしや八代亜紀が10週勝ち

抜くのもみていました。

 

ただ、「歌謡曲」という音楽ジャンルが衰退・消滅した現在、「全日本歌謡選手権」のような番組は、もはや制作され

ないでしょう。むしろ、「スター誕生!」や「君こそスターだ!」のような番組の方が可能性としてなきにしもあらず…

ではないでしょうか。

 

今はCDが全く売れず、音楽界全体が閉塞・停滞しているように思います。こうした状況を打開するものは何か、見当

もつかないまま、ぼくとしては70年代・80年代アイドルに耽溺する毎日です^^。

 

 

 

オーディション番組  投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 1月29日(火)22時57分5秒  

 

  とろりん村のとろり様

 

キャッツ・アイのLPをお持ちなんですね。

希少価値がありそうですね。

 

今はアイドルグループ乱立時代ですね。

それゆえソロ・アイドルがなかなか出てきませんね。

「スタ誕」や「君こそスターだ」みたいな番組が懐かしいです。

あと演歌系で「全日本歌謡選手権」なんてのもありましたね。

アメリカではオーディション番組が人気なので日本でも復活して欲しいですよね。

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2013年 1月24日(木)21時10分20秒  

 

  ☆SATOSHINさま

 

ソフトクリームは、いい意味でマイナーアイドルの王道を極めたグループだったと思います。

 

今でも彼女らの曲はよく聴いていますが、いい曲が多いですね。特に遠藤由美子のよく通る、少し無機質なボーカルが

何ともいえません。彼女が「森下由実子」として再デビューしていたことは知りませんでした。

 

ピンクレディー全盛の頃、確かにギャルやキューピットなどのピンクレディーフォロワーが大量にデビューしました

ね。キャッツ・アイは、その中ではまだメジャーな方でしょう(マイナーなことに変わりはありませんが…)。どうい

うわけか、ぼくはキャッツ・アイの(おそらくは唯一の)LPを持っています^^。

 

 

 

まだまだ出てくる  投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 1月21日(月)23時04分30秒  

 

  とろりん村のとろりさま

 

ソフトクリームと言えば遠藤由美子ですね!

後にソロで「なるほど!ザ・ワールド」のエンデインングを歌ってましたね。

「欽ドン」のおまけの子もやってましたね~

90年代に森下由実子に芸名を変えてBeingから再デビューした時は、

最初同一人物だとは気付きませんでした。

 

「3年B組金八先生」の第1シリーズはクラスのほとんどが見ていましたね。

裏の「太陽にほえろ!」が好きで見ていた同級生がクラスが金八の話題ばかりだったので、

「太陽がほえないで金八がほえろ」なんて言っていました(笑)

 

そう言えばピンク・レディーがブレイクした後、

ポストピンク・レディーを狙った2人組がけっこう出ましたが、

ことどく失敗しましたね。

その中のキャッツ・アイはピンク・レディーをセクシーにした感じでした。

ちょっと出てくる時代が早すぎたという感じでしょうかね。

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2013年 1月18日(金)23時12分41秒  

 

  ☆SATOSHINさま

 

>ここも開設から13年目なんですね!

>これからもがんばってください。

 

ありがとうございますm(__)m。これからも、ぼちぼち頑張って続けていきたいと思います。

 

ねらわれた少年・今井まことさんは、細かいディテールまで、よく見ておられるなあと感心させられました(今もホー

ムページを運営しておられますが)。たとえば、「ソフトクリーム」のマイクがソフトクリームの形をしていたことと

か、「ヤッパシ…H!」を歌う浅香唯のベルトのバックルが「H」の形だったこととかは、今井まことさんのイラスト

で覚えています。

 

>私の印象は今でも阿部トシエです(笑)

 

SATOSHINさんは、「3年B組金八先生」に傾倒しておられたようですね。ぼくは第1シリーズはあまりみておら

ず、よくみていたのは第2シリーズですが、あの名ドラマを生徒たちと同世代の者として、深い共感と思い入れを持っ

てみることができたのは幸運だったと思っています。

 

つちやかおりは歌も抜群に上手くて、LP「哀愁のオリエント急行」「かおり白書」は未だに愛聴しています。

 

ぼくの頭にも「記憶固定装置」がついているのか、ぼくにとってのつちやかおりは、いつまでたっても、あの頃のつち

やかおりです^^。

 

 

 

いろいろ  投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 1月16日(水)22時45分0秒  

 

  wishy-washyさん

 

坂本恭章って坂本ちゃんの本名だったんですか!

本田恭章からもじってとったペンネームだと思ってました。

オリ通のイラストと言えばよいこのYOUちゃんが印象に残ってますね。

あと「不思議に国のゆうゆ」のロドリゲス高橋氏ですね。

 

 

とろりん村のとろりさん

 

ここも開設から13年目なんですね!

これからもがんばってください。

 

ねらわれた少年・今井まこと氏は私も覚えています。

上手な絵師はけっこういましたよね~

 

つちやかおりは確か148cmだったと思います。

今ではフっくん夫人ですものね~

私の印象は今でも阿部トシエです(笑)

 

横田早苗は確かに松田聖子を意識し過ぎてましたね。

まぁレコード会社がそのセンで売ろうとしてたから仕方ないですけど。

でももう少し売れてもよかった気がします。

 

 

     

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2013年 1月16日(水)00時48分16秒

 

 

  ☆みなさま

 

おかげさまで、「モナ・ムール!歌謡ポップス」の開設から13年目を迎えることができました。

今後とも、何とぞよろしくお願いいたしますm(__)m。

 

☆wishy-washyさま

 

ぼくがオリコン・ウィークリーを読み始めた80年代後半には、「坂本ちゃん」さんは、あまり投稿なさっていなかっ

たように思います。

 

ぼくにとって「オリコン通信」のイラスト投稿で印象に残っているのは、「ねらわれた少年・今井まこと」さんです

ね。あの繊細なタッチとアイドル観察眼の鋭さに、大いに感銘を受けた記憶があります。

 

☆SATOSHINさま

 

>水野きみこはすごく小さかったです。

>バックの小学生と変わらないくらい・・・(それは言いすぎか?!)

 

水野きみこの公称身長は、当時、152cmでしたから、小柄な部類だろうと思います。SATOSHINさんの「バッ

クの小学生と変わらないくらい」は、必ずしも言い過ぎではないかもしれません。

 

参考までに、「夢みるアニー」(水野きみこ)の動画をアップロードしてみました。いやー、微妙ですね^^。

 

我妻佳代、酒井法子と握手会で握手してもらったことがあるのですが、目の前に立ってみると、両者ともすごく小柄で

びっくりした経験があります。ちなみに80年代アイドルで最も小柄だったのは、つちやかおりでしょう。噂による

と、当時の彼女の身長は150cm未満だったらしいです。

 

横田早苗ですか。そういえば、宣伝が大がかりでしたね。ぼくも、彼女のLP「Summer Breeze」を買って聴いていま

した^^。当時は「不安タジー・ナイト」のビデオまで作られていたようで、こうそくひれん1号さんから送っていただ

いたビデオのキャプチャー画像(スライドショー形式)「キャプチャー画像集」から転載してみました。何といいま

すか、松田聖子を意識し過ぎかな?と思います。

 

 

 

そういえば  投稿者:wishy-washy  投稿日:2013年 1月14日(月)23時25分3秒  

 

   オリ通で思い出したんですが、あの「坂本ちゃん」もオリ通のイラストコーナーの常連でしたねぇ(83~84年頃だったかな)。オリ通での活動時期がちょうど私とかぶっていた関係で、上手なアイドルのイラストを良く覚えてます。ちなみに掲載時の名前は本名(坂本恭章)でした。  

 

 

話はつきませんね  投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 1月14日(月)23時21分40秒  

 

  とろりん村のとろりさま

 

70年代のアイドルでキャラが明確だったのあと浅田美代子=隣のお嬢さんもありますね。

 

久留米弁で話す松田聖子の動画ありがとうございました。

なんか聖子が話す久留米弁ってかわいいんですよね~

 

とろりさんは京都のご出身なんですね。

水野きみこはすごく小さかったです。

バックの小学生と変わらないくらい・・・(それは言いすぎか?!)

 

CBSソニーがポスト松田聖子と売り出そうとした横田早苗も商業的にはダメでしたね。

デビュー曲の「不安タジーナイト」はけっこういい曲だと思ったんですけどね。

当時のオリコンの表紙も飾ったし大々的に広告も出ていたのに、

100位以内にも入れませんでした。

 

「歌が心にひっかかる」ですか、なるほど確かにそういう歌声はあるかもしれませんね。

大御所ミュージシャンの方でもそういう方いらっしゃいますもんね^^

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2013年 1月13日(日)03時22分26秒  

 

  ☆SATOSHINさま

 

70年代初頭のアイドルは、ほんの子供だったぼくからみてもキャラクターが明確でしたね。

 

天地真理=白雪姫、南沙織=アメリカナイズされた異国情緒あるお姉さん、麻丘めぐみ=お姫様、アグネス・チャン=清楚な妖精

 

こんな感じでしょうか。

 

フィンガー5のアキラがかけていた、あの大きなサングラスは誰の影響なのでしょうか?時代からみて、ミッシェル・

ポルナレフかなと思ったりもするのですが、未だに謎です。

 

>私は小学校の頃まで久留米に住んでました。

>仲のよかった友達が松田聖子が卒業した中学に通っていました。

>それでその友達の弟くんが聖子ちゃんの実家にあがらせてもらい、

>お母さんと写真をとらせてもらったことがありました。

 

何といいますか、これだけでも羨ましいエビソードですね。SATOSHINさんは久留米の御出身ということですの

で、「久留米弁で話す松田聖子」の動画をアップロードしました。

 

どうぞ、ご覧ください^^。

 

「アップルシティ500」は(『ぎんざNOW!』もそうですが)、関東ローカル(TBS)の番組でしたから、社会人にな

るまで京都に住んでいたぼくは視聴することができませんでした。

 

水野きみこの、あの「あどけなさ」というのは、確かに80年代アイドルの中でも群を抜くものがありました。彼女が

唯一残したアルバム「は・じ・め・ま・し・て」は名盤だと思いますが、シングルだとSATOSHINさんと同じ

く、「夢見るアニー」がいちばん好きです。

 

島田奈美は、ぼくも大学の学園祭でみました。そのとき、彼女は脚を負傷して膝にひびが入っていたらしいのですが、

それを微塵も感じさせない凛々しい歌唱、プロ意識に大きな感銘を受けたものです。

 

北岡夢子は声そのものが美しく、なおかつ、しなやかで伸びやかなボーカルが聴いていて爽快でした。東映太秦映画村

で開催された彼女のデビューイベントに行き、生で歌を聴きましたが、実際、歌唱力は抜群でした。「憧憬」、「恋心」

など曲も素晴らしかったのですけれども、あまり売れなかったのが残念です。

 

ルックスがよくて、歌唱力も抜群であるにもかかわらず、商業的に成功しなかったアイドルは少なからず存在します

が、北岡夢子や伊藤智恵理は、その代表格でしょう。

 

ぼくが好きなアイドルは、歌唱力があるかどうかで決めることが多いです。「歌唱力がある」というのは、世間でいう

「声量があって、音程が正確で、リズム感があって…」というものではなくて、単純に「歌が心に引っかかるかどう

か」ということです。

 

なので、たとえば森尾由美のような世間では「歌唱力がある」とはいわれないアイドルでも、「歌が心に引っかかる」

がゆえにお気に入りだったりします^^。

 

70年代から80年代にかけて、約20年間もアイドルファンを続けていたせいか、話はなかなか尽きませんね…。

 

 

 

懐かしい~  投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 1月12日(土)22時34分30秒  

 

  とろりん村のとろりさま

 

「真理ちゃん号」ありましたね~

あの頃はその手の自転車やら色々な商品がありましたね。

 

アグネス・チャンはみんなよくものまねしてましたね。

男女問わずやっててあ記憶があります。

 

フィンガー5のアキラにはホント憧れましたね。

小学校の頃は似たような髪形でしたし、

親のサングラスをかけて真似てみたりしてました。

 

70年代の木之内みどり忘れてました!

「横浜いれぶん」好きだったなぁ~

竹中直人と結婚した時はプチ・ショックでした(笑)

 

私は小学校の頃まで久留米に住んでました。

仲のよかった友達が松田聖子が卒業した中学に通っていました。

それでその友達の弟くんが聖子ちゃんの実家にあがらせてもらい、

お母さんと写真をとらせてもらったことがありました。

 

伊藤つかさの曲では「夢見るSeason]が好きですね。

原由子が多分?初めて人に書いた曲ではなかったでしょうか。

 

水野きみこと言えばアニーのテーマ曲が印象深いです。

当時故小池社長も出演されていた「アップルシティ500」の公開放送を

サンシャインシティに見に行った時に出ていて小さくてかわいいなぁと思ったものです。

 

島田奈美は大学の学園祭で見たことがあります。

とんねるずの妹役で出ていたのが印象深いです。

北岡夢子はきれな子でしたね。

もっと売れると思っていたんですけどね。

守谷香がXのToshiと結婚していたのにはびっくりしました。

 

多分まだ抜けてる誰がいると思います(笑)

 

 

 

♪追伸  投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2013年 1月12日(土)05時05分26秒  

 

  ☆SATOSHINさま

 

SATOSHINさんはAXIAのカセットテープを使っておられた(そういえば、斉藤由貴がCMに出ていましたね^^)との

ことですが、ぼくはTDKのカセットテープがお気に入りでして、MA(MA-X)というメタルテープを愛用していました。

ちなみに、カセットデッキはAKAIのGX-73という機種でした。

 

古き良きアナログの世界ですね。今は記録媒体によって音の個性が変わらないデジタルの時代ですから…。

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2013年 1月12日(土)03時05分56秒  

 

  ☆SATOSHINさま

 

投稿を大変、興味深く拝読させていただきました。同じ昭和40年生まれということもあり、「なるほど」と思える文

章の連続でした。

 

ぼくが物心ついた頃のアイドルといえば、天地真理・南沙織・麻丘めぐみ・アグネス・チャン・浅田美代子…などが挙

げられます。中でも、いちばん身近に感じたのは天地真理ですね。あの頃の天地真理ブームというのは一種の「社会的

現象」になっていて、「真理ちゃん号」という子供用の自転車まで走っていたことを、おぼろげながら覚えています。

 

「真理ちゃんとデイト」という30分番組も、毎週みていました。

 

フィンガー5。懐かしいですね。自分とさほど年齢が変わらない(4歳年上の)アキラがメインボーカリストとして

堂々と歌っていることが衝撃的でした。名曲「マイ・ロスト・ラブ」(小川みき)を作詞作曲した三枝伸がプロデュー

スしていたこととか、和製ジャクソン5をコンセプトにしていたこととかを知ったのは、ずいぶん後のことです。当時

は、単純に「カッコいい」と思ってみていました。今にしてみれば、もっと評価されてしかるべきグループだと思います。

 

花の中3トリオでは、SATOSHINさんと同じく、桜田淳子のファンでした。あの明るさ、華やかさ、スター性と

いうのは、天性のものでしょう。

 

70年代後半のピンクレディー旋風は凄かったですね。ピンクレディーの二人がデザインされた子供用の靴まで売られ

ていましたから(笑)。その後はニューミュージックに興味が移って、70年代は終わりました(伊藤咲子、森まど

か、木之内みどり、金井夕子…といったアイドルも気になってはいましたが)。

 

80年代を代表するアイドルは、やはり、松田聖子だと思います。当時、愛聴していたTBSラジオの「ザ・ヒットパレ

ード 毎日がベストテン」の「ヤングアイドルベストテン」で流された「裸足の季節」を聴いて、ぼくは、たちまち心

惹かれました。「同郷のよしみ」とおっしゃいますが、SATOSHINさんは、福岡出身なんですか?ぼくの故郷か

らは、三田寛子と山中すみかを輩出したくらいです…。

 

伊藤つかさの曲では、何といっても「夕暮れ物語」が好きです。「いつの日か わたしの未来に~」のところで視界が

さーっと開けていくような、あのときめきは筆舌に尽くしがたいものがあります。

 

80年代前半では、松田聖子・柏原よしえ・岩崎良美・石坂智子・堀ちえみ・水野きみこ・桑田靖子・宇沙美ゆかり…

などが好きで、未だにレコードを聴いています^^。

 

80年代後半のアイドルだと、芳本美代子・島田奈美・我妻佳代・酒井法子・北岡夢子・守谷香に格別な思い入れがあ

りまして。理由は、イベントに参加したからです。ぼくは、どちらかというとレコードを通じてだけアイドルとつきあ

うタイプで、あまりライブやイベントには参加しない方でした。その数少ない例外だからこそ、逆に印象に残っている

というわけです。握手会というのはよく考えられたもので、一度でも握手してもらうと、情が移るんですよね。

 

仁藤優子は、喉を潰して歌手引退になってしまったのが惜しまれますね…。

 

80年代末の日曜日の朝に「魔法少女ちゅうかないぱねま!」をみて島崎和歌子が気になる存在となったのが最後で、そ

れ以降はアイドルに対する関心が薄れてしまいました。

 

SATOSHINさんがおっしゃる通り、今はソロで活動するアイドルがほとんどいなくなってしまって寂しい限りです。

 

 

 

好きなアイドル  投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 1月10日(木)23時26分9秒  

 

  とろりん村のとろりさま

 

私が最初にファンになったアイドルはフィンガー5でした。

アキラに憧れ、たえちゃんってかわいいな~なんて思ってみてました。

あとは天地真理・浅田美代子ですかね。

この辺りはは「時間ですよ」や「寺内貫太郎一家」の影響かもしれません。

男性ですが秀樹がすきでしたしね(笑)

 

麻丘めぐみの「私の彼は左きき」を聞いて左ききに憧れた時期もありました。

花の中三トリオでは桜田淳子が好きでしたね~

その後はピンク・レディーのミーちゃんの虜になり、

石野真子の八重歯にやられて70年代のアイドル史を終えます。

 

同郷のよしみでファンになった松田聖子。

そして初めてファンクラブというものに入りました。

オリコン・ウィークリーと出会ったのもこの頃でした。

明菜・キョンキョンもいいなーと思いつつも、

金八で一目惚れした伊藤つかさのファンクラブに入会。

土曜の朝は「モーニング・サラダ」を欠かさず見てました。

そしてこの頃「オリ通」デビューを果たしました。

 

その後は斉藤由貴にハマリ、その影響でカセットはAXIAしか買わなくなりました(笑)

岡田由希子・菊池桃子・酒井法子などを密かに応援しつつ、

当初は興味がなかったおニャン子クラブもW渡辺・後期の我妻佳代は好きでしたね。

伊藤美紀・仁藤優子のホリプロコンビも好きでした。

仁藤優子は友達にデビューイベントに連れて行かれました。

実家のどこかにサイン入りレコードがあるはずです。

 

そして80年代後半に宮沢りえ目当てで見ていた「スワンの涙」で和久井映見を発見。

その後の「愛しあってるかい!」で完全に虜になりました(笑)

それ以降はアイドルへの興味は薄れていきましたが、

チャート・マニアでもありましたので、

ランキングに入ってくるアイドルは一応チェックしてました。

最近はソロで活躍するアイドルが少なくなってちょっと淋しいですね。

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2013年 1月 9日(水)00時36分26秒  

 

  ☆クジラ2号さま

 

よくご存知ですね!

いろいろ、参考になる情報を教えてくださり、ありがとうございました。

 

「見知らぬ世界」は、ザ・スウィング・ウエストのメンバー(マネージャー)だった人の作曲・作詞ですか。

なるほど、「見知らぬ世界」と「雨のバラード」には通底するものがありますね。

 

「見知らぬ世界」のオリジナルが湯原昌幸だとすれば、牧葉ユミのバージョンはナイスカバーだと思います。

カッコいいメロディラインに牧葉ユミのシリアスで、少し蓮っ葉な感じの歌唱がぴったりとマッチしていますね。

 

「見知らぬ世界」にあまりグループサウンズの香りがしないのは、スウィング・ウエストの音楽自体が「典型的な

GS」とは一線を画しているからでしょうか。

 

☆wishy-washyさま

 

こちらこそ、wishy-washyさんから過分なお言葉をいただき、恐縮することしきりです^^;;。

 

80年代のあの当時、「オリコン・ウィークリー」は、われながら相当、傾倒していた雑誌でしたし、ぼくの青春時代

の大きなエレメントの一つでした。バックナンバーは京都の実家に置いてきましたが、親が処分したりしてはいない

か、ちょっと心配です。

 

「オリコン通信」だけでなく、ぼくがかつて「随筆集」や、この掲示板に書き込んだ文章の中には、今読むと「悶絶」

しそうなものも少なくないのですが、やっぱりwishy-washyさんと同様の感情が働いて、結局のところそのままにして

あります^^。

 

ぼくも、ときどきwishy-washyさんのブログにお邪魔したいと思っておりますので、よろしくお願いいたしますm(__)m。

 

 

 

こんにちは  投稿者:wishy-washy  投稿日:2013年 1月 8日(火)13時15分8秒  

 

   wishy-washyです。

 

過分なお褒めの言葉を戴きまして有難う御座います。とろりさんの様に歌謡曲に造詣の深い方に少なからず影響を及ぼした(?)だなんて、こちらこそ大変光栄に思います。

 

私が70年代以前の歌謡曲をじっくり聴き始めたのはとろりさんよりもかなり後のことになるので、とろりさんのHPでいろいろ勉強させて戴いてます。最近また、とろりさんのお書きになった記事を久しぶりに拝見しているのですが、「川島恵は素晴らしい」とか、「桜田淳子の『はじめての出来事』の歌詞で、♪ついてきたが、の「が」が気になる・・・」とか、私も大いに賛同できる話が多くて思わず嬉しくなってしまいます。

 

これまでは、とろりさんのHPを覗きっぱなしの「ノーレスポンス」で、こちらが情報を戴くばかりで申し訳なかったと思っています。今後は記事の感想(場合によっては有用な情報)などを少しずつ書いて行きたいと思いますので、どうぞ宜しくお願いします。

 

ところで「悶絶・・・」の件は、私も同じですよ(爆)。先日、私の実家の押し入れから1982年から1990年くらいまでのオリコンがそのまま発掘されまして(苦笑)、さっそく自分の投稿を見てみたんですが。。。ハッキリ言って絶句状態(とろりさんならお分かりでしょう、この気持ち)でした。これって、単純な「若気の至り」というのとは、ちょっと違う感情なんですよね。「これはこのまま封印しておいた方がいいな・・・」という気持ちが強い一方で、やはり「オリコン通信」は当時の私のテリトリーをあまりに占め過ぎていた存在だったために、「処分」してしまうことはできないのです。

 

それでは、今日のところはこの辺で失礼します。

http://ameblo.jp/wishy–washy/

 

 

 

見知らぬ世界  投稿者:クジラ2  投稿日:2013年 1月 6日(日)21時58分27秒  

 

  ☆とろりん村のとろりさん

「見知らぬ世界」(作詞こうじはるか、作曲植田嘉靖)は好きな曲です。

こうじはるか というのは植田嘉靖さんの作詞の時のペンネームで

作詞、作曲同一人物ということです。

 

植田嘉靖さんはGSスイング・ウエストの初期の頃のリード・ギターを担当してましたが

途中からマネージャーに転向しました。

代わりにサイド・ギターだった染瀬トオルさんがリード・ギターにチェンジしました。

染瀬トオルさんは後に山本とおると改名しセッションギタリストとしてTVによくでていましたが、すでに亡くなられてしまいました。

 

「見知らぬ世界」のオリジナルは湯原昌幸さんで、彼のソロとしてのデビュー曲でした。

2枚目がヒットした「雨のバラード」です。

3枚目は「愛があれば」(作曲 筒美京平)で筒美コレクターとしては、押さえておきたい盤ですね。この3枚目のB面の「ある雨の日の思い出」(作詞こうじはるか、作曲植田嘉靖)もいい曲です。

湯原昌幸さんの「見知らぬ世界」も聞きたいですね。テイチク時代の音源を集めて

CD「湯原昌幸ゴールデン・ベスト・テイチク・イヤーズ」など是非とも発売して欲しいですね。

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2013年 1月 5日(土)20時21分5秒  

 

  ☆wishy-washyさま

 

wishy-washyさんは謙遜なさいますが、ぼくにしてみれば、そうは感じません。

 

当時のぼくは、「オリコン通信」を一字一句洩らさず精読する「オリ通ビョー人」(←死語?)でしたから、そこに掲

載された投稿にインスパイアされて関心を持ったアイドルや曲も決して少なくありませんし、「独断と偏見のベストテ

ンコーナー」のような定番のコーナーならば、なおさらのことです。

 

むしろ、「オリ通」に採用されたぼくの投稿を思い出すと、恥ずかしさのあまり赤面して悶絶しそうになります^^;;。

 

それでは、本年も、何とぞよろしくお願いいたしますm(__)m。

 

 

 

少し遅れ気味のご挨拶になってしまいましたが、  投稿者:wishy-washy  投稿日:2013年 1月 5日(土)11時57分6秒  

 

   明けましておめでとうございます。

 

「wishy-washyさんがぼくに与えた影響は、実はかなり大きなものがありまして…。」とのことで、それは大変光栄に思います。だけど、私がオリコンに掲載されたのはもっぱら「独断と偏見のベストテンコーナー」がメインでして、単なる「ウケ狙いのスチャラカ投稿者」でしたからねぇ。。。あ、そうか。とろりさんに影響を与えたのは、あの「バカ投稿」ではなくって私のペンネームってことですね。それなら腑に落ちました(苦笑)

 

それでは、今年もどうぞ宜しくお願いいたします。

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2013年 1月 5日(土)03時51分41秒  

 

  ☆近況のご報告

 

昨年末に行った作業。

 

1.「モナ・ムール!歌謡ポップスの掲示板」アーカイブズ(1)の大規模なメンテナンスを行いました。少しは見や

すくなったと思います。

 

2.「キャプチャー画像集」「随筆集」のトップページを少し、改良しました。

 

3.「とろりのアプリケーション for MacOSX」をこっそり始めましたが、役に立つアプリを紹介できる自信はあり

ません(冷汗)。

 

FacebookやTwitterに「モナ・ムール!歌謡ポップス」用のアカウントは持っていますが、使い方があまりよくわから

ないので、今後も、もっぱら当掲示板を利用していく予定です…。

 

☆SATOSHINさま、よっかーさま、クジラ2号さま

 

「あけまして、おめでとうございます」と申し上げたいところですが、昨年、母を亡くしましたので、そう言っていい

のかどうか、よくわかりません(汗)。

 

ともあれ、本年も、何卒よろしくお願いいたしますm(__)m。

 

☆よっかーさま

 

「ももいろクローバーZ」と言われましても、ぼくにとっては全く「見知らぬ世界」です^^;。昨年末の紅白歌合戦で初

めて彼女らを見たくらいですから、ほんとうにどうしようもありません。よっかーさんは、心が若いですね。

 

「やまがたすみこ」というのは、いいサジェスチョンをいただきました。彼女のLPは1stアルバムの「風・空・そして

愛」の他、何枚か持っていますが、この機会にベストCDを買っておこうかなと思います。彼女の透き通るような美し

い声には心洗われます。

 

☆クジラ2号さま

 

牧葉ユミの「見知らぬ世界」といえば、桜田淳子が「スター誕生!」で歌った曲だったと記憶しています。世間では、

どうも「冒険」や「回転木馬」の陰に隠れているような気がしますが、「見知らぬ世界」も名曲だと思います。牧葉ユ

ミのベストCDも、購入を検討します。

 

☆SATOSHINさま

 

ぼくにとっての「アイドル」は、天地真理・南沙織・麻丘めぐみに始まり、桜田淳子・山口百恵・森晶子の中3トリオ

を経て、伊藤咲子・神田広美・井上望などに至る70年代アイドル=「お姉さん世代」がまずあります。

 

そして、松田聖子・河合奈保子・柏原よしえ・岩崎良美や82年デビュー組に代表される80年代前半の「同世代アイド

ル」がいて、酒井法子・芳本美代子・おニャン子クラブといった80年代後半の「妹世代」があります。

 

ところが、90年代になると、急激にアイドルに対する関心が薄れてしまいました(われながら、不思議です)。たと

えば、島崎和歌子や田村英里子の曲はよく聴きますが、CoCoやribbonになると、たちまちわからなくなるんですよね^^。

 

そういうわけで、ぼくにとっての「アイドル」は70年代初頭に始まり、80年代末で終わってしまったことになります。

 

 

 

謹賀新年  投稿者:クジラ2  投稿日:2013年 1月 4日(金)22時02分1秒  

 

  あけましておめでとうございます。

 

みなさま お久しぶりです。

 

このところ良く聞いているのは

東京チカチカ 加苗千恵(ビクター SV-6368 1978年)

スピックス・アンド・スペックス ビー・ジーズ(Polydor DP-1607)

エボーニー・アイズ 故ボブ・ウェルチ (東芝EMI ECR-20376 1977年)

ひとりあるき 高橋真梨子 (invitation VIH-6040 1979年)

 

☆よっかーさん

やまがたすみこさんのベストCDは買いました。

牧場ユミさんのCDは購入検討中。「見知らぬ世界」が聞きたいです。

 

 

 

明けました、おめでとうございました。  投稿者:よっかー  投稿日:2013年 1月 3日(木)15時39分8秒  

 

  ご無沙汰ですm(__)m

 

今年はもう少し参上するかと思います(^^ゞ

またよろしくお願いします。

 

古いヤツは古いのも好きなんですが、新しいものにも目が無いンでやんす。

昨年はももクロちゃん一色で過ごしておりました。

と、言いつつも「青山ミチ」「やまがたすみこ」「牧葉ユミ」のベストCDを、手に入れて悦んで聴いてます。

 

 

 

新年  投稿者:SATOSHIN  投稿日:2013年 1月 2日(水)23時36分9秒  

 

  とろりん村のとろりさま

 

新年あけましておめでとうございます。

今年もちょくちょく顔を出させていただきますのでよろしくお願いします。

 

やっぱり同世代アイドルの方が親近感が沸きますよね。

80年代後半だとちょっと妹感覚になりますね。

80年代後半に投稿していたネタは数は少ないですが、

そんな感じのものが多かったです。

 

 

 

♪♪  投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2012年12月31日(月)00時02分35秒  

 

  ☆みなさま

 

今年も一年、いろいろお世話になりました。

来年も、よろしくお願いいたしますm(__)m。

 

では、みなさま、よいお年を。

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2012年12月29日(土)22時11分46秒  

 

  ☆SATOSHINさま

 

お返事がすっかり遅れてしまいまして、申し訳ありませんm(__)m。

 

ぼくが「オリコン通信」によく投稿していたのは80年代後半なんですけれども、80年代前半デビューのアイドルと80

年代後半デビューのアイドルを比較した場合、より思い入れの強いのは前者なんですよね…。

 

何というか言葉ではうまく表現できないのですが、80年代前半デビューのアイドルに対しては「同世代としての共

感」のような感覚をより覚えるのです。

 

 

 

すれ違い  投稿者:SATOSHIN  投稿日:2012年12月16日(日)23時52分25秒  

 

  とろりん村のとろり様

 

そうですね。80年代後半は何通かは採用された記憶はあるのですが、

ほとんど「すれ違い」だったでしょうね。

 

しかし、あの頃はよくハカギを書いたものだなぁと今では懐かしく思います。

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2012年12月14日(金)22時58分15秒  

 

  ☆SATOSHINさま

 

ぼくが「オリコン通信」によく投稿していたのは80年代後半でしたから、SATOSHINさんとは、「すれ違い」

だったかもしれませんね^^。とはいえ、ぼくの投稿のうち、採用されたのは10通くらいだったと記憶していますが…。

 

☆wishy-washyさま

 

wishy-washyさんがぼくに与えた影響は、実はかなり大きなものがありまして…。おかげさまで、網倉一也作品を特に

注意して聴くようになりました。

 

ぼくが最も好きな網倉一也作品をただ一曲挙げるとすれば、「レディ直前」(柏原よしえ)。次点は、「I THINK SO」

(岩崎良美)となります。

 

網倉一也作品には(言葉で表現するのは難しいのですが)、何か「きらびやかなときめき」のようなものがあると感じ

ます。

 

 

 

オリ通同窓会状態?!  投稿者:SATOSHIN  投稿日:2012年12月10日(月)23時02分14秒  

 

  とろりん村のとろり様

レスありがとうございます。

多分私の全盛期(そう言えるほど採用されたわけではないですが^^)を過ぎた頃に投稿されていたんだと思います。

だいたい80年代の前半が私の投稿全盛期でしたから。

 

whisky-washyさん

はじめまして!

なんだか3人が同じ昭和40年生まれでオリ通に投稿していたという不思議な縁を感じますね。

シーボンクーインビル時代に投稿されていたということは同じ時期に誌面で共演していたかもしれませんね(笑)

 

 

 

 

何だかすっかり勘違いしていました。。。  投稿者:wishy-washy  投稿日:2012年12月10日(月)22時15分17秒  

 

  とろりん村のとろり様

 

レスが遅れて・・・というよりも、何を勘違いしたのか、私は10/30のとろりさんのコメントに対して脳内でレスを済ませてしまったような気になっておりました。歳のせいか最近こういうことがしょっちゅうで自分がイヤになります。本当にどうもすいません。

 

それにしても、とろりさんも昭和40年生まれとは。そして、すぐ下に登場された「SATOSHIN」様も、オリ通常連で同い年ですか・・・?んむぅ、偶然とはいえ、いったい何が起きてるんでしょうか・・・(爆)

 

私は確か1985年に南青山の事務所に遊びに行って、治さんにお逢いした記憶があります。

「六本木のシーボンクイーンビル」というのは、オリ通常連時代に宛先住所として散々書いたことを覚えているので、SATOSHINさんと時期がかぶっていますね。もしかしたらリアルでお逢いしたことがあるかも知れません(なぜか冷や汗)。

 

それでは、今日の所はひとまずこの辺で失礼します。

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2012年12月 9日(日)22時13分16秒  

 

  ☆SATOSHINさま

 

はじめましてm(__)m。

 

書き込みいただきまして、ありがとうございます。

 

ぼくが「オリ通」に投稿していた頃、オリコン・ウィークリーの編集部は南青山にあったような気がします。

京都から東京見物へ行った機会に編集部の住所へ行ったところ、ほんとうにマンションの一室だったので驚いた記憶が

あります^^。

 

結局、ドアの外から「見学」して、中には入らずじまいでしたが…。

 

この掲示板には以前、「いちよう」さんや、「今井まこと」さんからも書き込みいただいたことがありまして、

SATOSHINさんがおっしゃる通り、当時の投稿者として、あるいは愛読者として、「オリコン通信」の話ができ

たらいいなと思っております。

 

今後とも、何とぞよろしくお願いいたしますm(__)m。

 

 

 

はじめまして  投稿者:SATOSHIN  投稿日:2012年12月 9日(日)00時12分59秒  

 

  何度かこのHPを訪れたことはあるのですが、はじめて書き込みします。

実は私も「オリ通」に投稿していた一人でして。

もちろん今のHNとは違いますが(^^;

私が投稿をはじめた頃はオリ通の宛先は六本木のシーボンクイーンビルでした。

その後銀座のスキヤビルに移動した時、編集部にお邪魔したこともあります。

その時になぜか西さんにサインをいただきました。

またここでオリ通関係のお話ができればいいなと思います。

ちなみに私も1965年生まれです^^

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2012年12月 8日(土)02時04分21秒  

 

  ☆zoukyさま

 

こちらこそ、すっかり、ごぶさたしておりますm(__)m。

 

お知らせくださり、ありがとうございます。

さっそく、拝読させていただきます。

 

 

 

トライアングルラブレター  投稿者:zouky  投稿日:2012年12月 6日(木)06時40分16秒  

 

  こんにちは。ご無沙汰しています。

ザ・スーパー・ポップ宣言というブログをやっていますzoukyと言います。

かなり前になりますが、いろいろとお世話になりました。

久しぶりに訪問させて頂きましたが、とろり様、お元気そうで何よりです。

 

キャンディーズなどの作曲で知られる穂口雄右先生へのインタビュー記事を

掲載しましたので、よろしかったらご一読下さい。

 

穂口雄右氏インタビュー【第1回】フィーバー / 熱い気分のさめないうちに

 

http://plaza.rakuten.co.jp/zouky/diary/201204140000/

 

穂口雄右氏インタビュー【第2回】林寛子 / 素敵なラブリーボーイ

 

http://plaza.rakuten.co.jp/zouky/diary/201208090000/

 

穂口雄右氏インタビュー【第3回】トライアングルラブレター / トライアングル

 

http://plaza.rakuten.co.jp/zouky/diary/201212060000/

 

http://plaza.rakuten.co.jp/zouky/

 

 

 

伊藤愛子さん 12月2日(日)レディオ湘南生放送出演  投稿者:ねーね  投稿日:2012年11月20日(火)23時42分23秒  

 

  伊藤愛子さんが「ざいつきげんの音楽鍋」~レディオ湘南(FM 83.1MHz)~に今年2度目のゲスト出演することが決まりました。

 

放送は12月2日(日) 20:00~21:00  です

 

10月15日の50周年リサイタルにいらしたという、ざいつさん。愛子さん

から今回はどんな話を引き出して下さるのでしょうか。

 

こださん、また愛子さんのコンサートの時にどこかの会場でお目にかかりましょう!

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2012年10月30日(火)22時59分46秒  

 

  ☆wishy-washyさま

 

やはり、そうでしたか…。何というか、嬉しい気持ちでいっぱいです。

 

ブログを拝見して気づいたのですが、wishy-washyさんは1965年(昭和40年)生まれなんですね。

ぼくも、そうです。wishy-washyさんは、もう少し年上の方だと思っていました。

 

>妻の小学校時代の女友達としてたった一名、披露宴に出席した方が、何と治さんの奥さんだったのです

 

これは、すごい偶然ですね!

確かに、世の中は狭いです。wishy-washyさんに、この掲示板へ書き込んでいただけたのですから…。

 

オリコン通信の誌面だけを通して、そのペンネームと御投稿を拝読していた「オリ通寄稿士」の方と、こうしてお話し

しているのは、何だか不思議な感じがします。

 

ぼくが「オリコン・ウィークリー」を特に愛読していた学生時代には、将来、インターネットのようなものが普及する

とは想像さえできませんでした。

 

こちらこそ、よろしくお願いいたします。

 

 

 

伊藤愛子さんの歌声は素晴らしい  投稿者:けいこ  投稿日:2012年10月29日(月)14時46分37秒  

 

  伊藤愛子さんの

歌手生活五十周年記念「歌ある限り」のCD♪♪を聴きました。

力強く迫力ある声量、響き渡る歌声、とても感動してます。

 

私にとって嬉しいことは、

今現在の愛子さんの歌声がCDで聴けることです。

 

私が生まれる前に大活躍をしていた頃のヒット曲を

毎年サマーディナーショーで目に焼きつけ、

レディオ湘南FM「ざおつきげんの音楽鍋」で流れた当時の歌声を耳にし、

そして、先日の50周年リサイタルに行けなかった残念な思いもあり、

その愛子さんの歌声が、

いつでもどこでも聴けることができ、今とっても嬉しいです。

 

恒例のサマーディナーショーが今から待ち遠しいです。

 

愛子さん、ここの書き込みを見てくれていますよね!

仲間や家族で温かく見守っていきます。 「ありがとうございます(^ー^)」

 

 

 

ご推察の通りです。  投稿者:wishy-washy  投稿日:2012年10月27日(土)23時19分8秒  

 

  とろりん村のとろり様

 

レスが遅れてどうもすいません。わざわざブログをご覧下さってどうもありがとうございます。

 

とろりん村のとろり様のご推察通りで正解です。お気遣い戴きどうもありがとうございます。大昔のことではありますが、あえて披露する代物でもないと思いますので、今後もwishy-washyというペンネームでお邪魔させて戴くことにしたいと思います。

 

ところでオリコン通信といえば、私が常連だった頃は「治さん」がコーナーの担当をされていて、随分とお世話になりました。その後ン十年経って、私はある女性(現在の妻ですね)と結婚することになったのですが、妻の小学校時代の女友達としてたった一名、披露宴に出席した方が、何と治さんの奥さんだったのです(その奥さんもオリコン編集部で働いておられたとのこと)。私が妻と知り合ったのは、オリコンとは全く無関係だったのですが、世の中にはこんなこともあるのか!と驚きました。つくづく世間というのは狭いものですねぇ。

 

・・・つい懐かしくて自分のことを書きすぎてしまったことをお許し下さい。

 

今後とも、どうぞ宜しくお願いいたします。

 

 

 

アナログ  投稿者:いのまさ  投稿日:2012年10月27日(土)15時59分38秒  

 

  こんにちは。

ずっと疑問に思ってるんですが松本伊代の89年発売のシングル

「悲しくてやりきれない」は正規盤はCDなんですよね?

プロモが出てるのは知ってるんですが発売当時レコード店で

アナログが置かれてるのを見た記憶があるんです。

しかし実際の所CDが正規盤となっていてずっと引っ掛かってました。

ビクターの歌手が89年にアナログを発売してるので

このシングルもアナログが出てるものだと思ってました。

しかしそうじゃないとなると記憶違いで見間違えたんでしょうか?

同日発売の高岡早紀「薔薇と毒薬」はアナログでも発売されました。

荻野目洋子の「ユア・マイ・ライフ」もアナログで発売されてますね。

 

 

 

建二さんの続き  投稿者:こだ  投稿日:2012年10月26日(金)21時18分58秒  

 

  私はカンツォーネ、シャンソン等とは縁がなかったというか、歌の内容のような濃密な恋愛をしたことがないせいかなんなのか、

あまりそのジャンル(はっきりジャンル分けもできません)系は理解するには難しい分野でした。

 

ステージでの愛子さんを目で追っているだけで満足で興奮し、「さすらいの慕情」の時は涙し、

感性は多感な少女のままのつもりで、愛子さんのステージを見つめ続けていました。

 

今回の50周年記念リサイタル、

愛子さんの歌のうまさは今更述べるまでもなく、プロの方々もが認める周知の事実ですが、

今回、初めて私の記憶の中のおさげ髪の「アイ子ちゃん」は大人の歌手「伊藤愛子さん」

なんだと強く感じました。

エディット・ピアフ

愛子さんの歌のドラマの中に引きこまれました。

心が震えました。

 

今、お土産CDのちょうど「アドロ」を聞きながら入力していますが、

自室で聞いていると、ステージとはまた違うしっとりとした良さが味わえます。

 

愛子さんが天性の歌の上手さに加え、いかに努力家か、いかに勉強しているか、

常に進歩していらっしゃるお姿は、私のこれからの残りの人生の励みになります。

 

改めて、愛子さんのステージまで私を導いてくださった、「モナムール」のとろりさん、ねーねさん、

そして愛子さんグッズを提供してくださった建二さん、小清水さん

感謝いたします。

 

そしてなにより伊藤愛子様、今後の生き方を考える機会をくださりありがとうございます。

 

ちょっとお手紙ふうになっちゃいました。テヘッ

 

 

 

 

 

 

 

 

行ってきました  投稿者:建二  投稿日:2012年10月22日(月)19時10分19秒  

 

  伊藤愛子さんの50周年記念リサイタルに行ってきました。

初期の懐かしい曲が続々と出てきて、その中の「チコと鮫」はまるで私の為に歌って頂いている様な気になり幸せでした。

すばらしい「愛の賛歌」で締めくくったピアフの生涯、節目となった記念の曲等

又、素晴らしい50周年記念のCDのお土産、有り難うございました。

小清水さん、コダさんには過分のご配慮を頂き、御好意には恐縮してます。

色々、思いがけない嬉しい事が重なり、只、感激の一夜でした。

愛子さんのこれからの御健康と御活躍を御祈り申し上げます。

 

 

 

 投稿者:とろりん村のとろり  投稿日:2012年10月20日(土)01時05分53秒 編集済

 

  ☆wishy-washyさま

 

こちらこそ、はじめましてm(__)m。

 

オリコン通信ですか…。ぼくが「オリ通」に投稿し、毎号熟読していたのは、もう四半世紀も前のことになります。

時の流れは早いものですね(しみじみ)。

 

ブログの方、さっそく拝見させていただきました。

 

wishy-washyさんがオリ通常連であられた頃のペンネームは、おおよそ察することができました(笑)。

決め手は、下記URLです。

 

http://ameblo.jp/wishy–washy/entry-11322580335.html

 

でも、万が一でも間違っていたら気まずいですし、何よりwishy-washyさんがそのペンネームを公表することを望んで

おられないかもしれないので、ここでは書かずにおきます(間違っていたら、申し訳ありません…)。

 

ぼくが好きな網倉一也作品は、

 

「I THINK SO」(岩崎良美)

「レディ直前」(柏原よしえ)

「ガラスの夏」(柏原よしえ)

「旅の手帖」(石毛礼子)

「水色の輝き」(小出広美)

「虹いろの瞳」(新井薫子)

 

などです。

 

オリ通常連であられたwishy-washyさんが、この掲示板に書き込んでくださったことを光栄に思っています。

今後とも、何とぞよろしくお願い致しますm(__)m。

 

☆BLさま

 

ご質問、ありがとうございます。

ぼくにはちょっとわかりかねますので、どなたか知っておられる方からの投稿をお待ちしておりますm(__)m。

 

 

 

ご存知の方、おられましたら・・・・情報  投稿者:BL  投稿日:2012年10月20日(土)00時05分37秒  

 

  皆様、ご無沙汰しております。

「夜のヒットスタジオ」ブログ管理人のresistance-k(BLUE)です。

 

実は、ただ今もう一つのブログ(こちらは夜ヒットを含む昭和テレビ・歌謡曲全般を扱っているのですが)のほうに係りきりになっておりまして・・・近いうちに、長い事放置状態になっております「夜ヒット」ブログに記載したデータを色々内容を補完した上で、もう一つのブログに移そうか・・と考えております。

 

それに際して、再度、色々出演日・曲目が不明な歌手についてリサーチをかけているのですが、どうしても詳細が判然としないものがいくつかございましたので、この掲示板をごらんの方で有力な情報やエピソードをご存知の方がおられましたら、ぜひ教えていただきたく存じます。

<出演した記録が不明な楽曲>

・上條恒彦「どこかで誰かが」(1972年4月~6月頃に出演?)

・・・現時点で判る限りでの最初の番組出演は1972年7月3日「あなたがいれば」。しかし、上記の楽曲がフジテレビ系の人気時代劇(木枯し紋次郎)の主題歌として大ヒットした経緯を考えると、1972年7月よりも前の段階で既に初出演をしていると見るのが自然では?

・夏木マリ「絹の靴下」(1973年7~9月頃に出演?)

・・・現時点で判明した限りでの最初の出演は1974年6月24日「夏のせいかしら」。

・金井克子「他人の関係」(1973年4月~6月頃に出演?)

・・・番組の最初期の頃から新曲を発表するたびに出演していたが、なぜか彼女の代表曲である上記の楽曲がヒットしていた期間の番組出演実績に関する記録が現時点で皆無なのが不自然。

・梓みちよ「二人でお酒を」(1974年4~6月頃に出演?)

・・・最初期からの常連歌手だが、彼女もこの曲のヒット当時の出演記録が現時点で皆無なのが不自然。

・小坂明子「あなた」(1974年1月~3月頃に出演?)

・・・現時点で判る限りでの最初の番組出演は1974年8月12日。しかし、フジテレビ系が中継を行っていた「世界歌謡祭」でグランプリを受賞したことで大ヒットに結びついたという経緯を考えると、既にヒットしていた最中の時期に番組に出演していた可能性がある。

・殿さまキングス「なみだの操」

・・・前後に発表された楽曲(「北の宿」、「夫婦鏡」)での出演実績は、放送当日の新聞テレビ欄での出演者表記に記載があった(1973年8月、1974年5月)ため確定済。しかし、最大のヒットである上記楽曲での出演実績に関する記録が現時点で皆無。

 

<出演した時期が不明な歌手>

・小野さとる

・・・1983年に”新人枠”で出演していることは確定済。ただし、1983年放送分のどの回に出演したのかは不明。

・鳥羽一郎

・・・・出演した実績はあるが、具体的な出演時期が不明。

・川口雅代

・・・・1981年の秋(10月頃?)に「MISS CALL」という曲で出演している模様。但し、不確定な部分が多い。

 

ぜひ、ご一報のほどよろしくお願いいたします・・・・・。

 

http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/

 

 

 

はじめまして。  投稿者:wishy-washy  投稿日:2012年10月18日(木)15時48分59秒  

 

   このHPは開設当時から何回も(・・・いや、何百回もだと思います)拝見しておりましたが、掲示板に書き込むのは初めてです。

 

このHPの掲示板アーカイブにもペンネームが登場する(発見したときはそりゃ驚きましたとも)、オリコン通信の常連だった者です(汗)。

 

当時のペンネームは・・・とろりん村のとろり様なら、私が現在運営しているブログをご覧になったら「ははーん」と推測できてしまうのではないかと。ちなみに現在は全く違うペンネーム(wishy-washy)を使用しております。

 

・・・こういうのを、飛んで火にいる恋の虫、もとい、飛んで火にいる夏の虫 というのかもしれませんが(爆)。ひとまずご挨拶、ということで。

http://ameblo.jp/wishy–washy/

 

 

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